2023-01-01から1年間の記事一覧

鈴木賢『台湾同性婚法の誕生 アジアLGBTQ+燈台への歴程』(日本評論社、2022)。これと赤松美和子、若松大祐編『台湾を知るための72章 第2版』(明石書店)をあわせて読むだけでも、台湾における同性婚合法化へのけして平坦ではなかった道のりが視えてくる。自分…

2023年の収穫

自分のようなslow readerにとってわずか一年の読書ではテーマが前景化しない、と嘯いて年鑑の回顧は見送るつもりだったのですが、精神の支柱となる書物にいくつも出会えてしまったので、コメントなしで簡単に並べてみます。プチ・ルール・自分の専門に関わる…

柘榴はペルシア語では「アナール」と呼ばれ、省略形の「ナール」は「火」という意味も含む。目にも鮮やかな真紅の柘榴は真っ赤に燃え盛る火とも通ずるところがあるためであろうか。ペルシア文学では宝石箱やルビーは言わずもがな、麗人の唇や胸、血の涙(号泣…

「現代詩手帖」2022年2月号に掲載された、ドロシア・ラスキー×スティーブン・カール×由尾瞳×佐峰存による座談会「沈黙を破るアイデンティティの声」を読み始めていきなり驚いたのが以下の箇所。 佐峰 (略)私自身がアメリカ詩に触れるなかで実感しているのは…

インドネシアの食文化

ここ数年で何度かインドネシア料理を食べに行ったり、インドネシア人の友人と交流したりしているきっかけで関係する本についても読むようになっている。阿良田麻里子『世界の食文化6 インドネシア』(農山漁村文化協会)があまりに面白く(四方田犬彦が紹介して…

ふつうは、切り捨ててしまったものに対して、テクスト自体は痛みを感じないのに、連作短編は、隙間だらけなんだけど、それをつなぎ合わせてみると、その隙間まで読み手の目が届く。そういう点では、やはり長編よりは言えることが多いと思うんです。(柴田元幸…

谷崎由衣『鏡のなかのアジア』(集英社文庫)

90年代、川上弘美が頭角を現したときに福田和也は書いた。「その世界はなかなかチャーミングだが、またあまりにも強い規範性に、若干将来性への不安を抱かないではない」。現時点での谷崎由衣の小説のいくつかは、ひょっとしたらさらに一層規範的であるかも…

海外文学の選書眼ということでは畏怖してやまない知人のひとりと地方都市で会う。十代中頃にはもうジェイムズ・ブランチ・キャベルSomething About Eveを原書で読んでいるみたいな恐ろしい人。新幹線と私鉄に乗り継ぎ数時間ほど、駅で落ち合ったのは夜も更け…

「言文一致styleのグロテスク」というまさにグロテスクな表現をかつて用いたのは松浦寿輝だったと思う。学生時代、『高野聖』や『春昼・春昼後刻』に人生を変えられた自分は、「現代語訳泉鏡花」なんてものがいつか刊行されたらそれこそグロテスクだな、など…

堀田季何『人類の午後』(邑書林)

「ユリイカ」「特集:現代語の世界」の「われ発見せり」の欄に寄せた短文を記憶していたのと、栞(枝折)執筆者のひとりに恩田侑布子がいたので書店で購入した句集。この本でいくつもの賞を受賞したことも含め、著者については事実上なにも知らないまま読み始…

高橋睦郎や吉岡実など数多の現代詩を英訳してきたHiroaki Sato編の日本女性詩アンソロジー、 Japanese Women Poets: An Anthology: An Anthology(Routledge、2007)。その中で、現代詩の範囲に入ると思われる箇所の目次。左川ちか、多田智満子、阿部日奈子、…

レイトショー、渋谷にて。

海外文学レビュー&評論同人誌「カモガワGブックスVol.4 特集:世界文学/奇想短編」に論考ひとつ、コラムひとつを寄稿しました。11月11日の文学フリマ東京37 、ブース「カモガワ編集室」で頒布されるほか、通販(→Link)でも購入することができます。・「“新…

辛島デイヴィッド『文芸ピープル』におけるイースト・アングリア大学の文芸創作プログラムについて触れた箇所に、「イギリスではまだ他に文芸創作のプログラムがない時代(引用者註: 1984~1985年のこと)で、内容も伝統的な英文学のカリキュラムに近く、文学…

洋書を所蔵する図書館でみつけて「こんな本あるのか!」と驚いたのが、三島由紀夫と Geoffrey Bownasという方が共編したNew writing in Japanというアンソロジー(1972、Penguin)。目次には、稲垣足穂、高橋睦郎、吉岡実、塚本邦雄といった面々の名が(も)並ぶ…

泉鏡花をひさしぶりに読んでいる。いままで一度も出会ったことのない語彙や語法にみちているのに、告白すれば文法さえ不明な箇所も多いのに、彫琢され燦然とかがやく世界へ引き摺り込まれて先へ先へとページを繰りたくなるのが不思議で仕方ない。現代人がこ…

東大の現代文芸論の公式サイト、Internet Archiveを使えば去年以前のシラバス、つまり各科目の授業紹介をこっそりみることができる。多和田葉子の授業、「現代文学と多言語世界—精読と創作」の内容説明。 「1.小説の細部に身体ごと入り込んで、宇宙を旅する…

魂の文学の書き手は、後へは退けない「内へ内へ」の筆遣いで、あの神秘の王国の階層を一層また一層と開示し、人の感覚を牽引して、あの美しい見事な構造へ、あの古い混沌の内核へとわけ入り、底知れない人間性の本質目指して休みなく突進していく。およそ認…

イ・ソンチャン『オマエラ、軍隊シッテルカ!? 疾風怒濤の入隊編』(バジリコ)

BTSのメンバーが入隊することが大ニュースになるような世界で、韓国の軍隊のことが知りたくて手に取った一冊。もと軍人の若者がキツい軍隊生活のことをセキララにネット上で綴った本書は、書籍化するとすぐに韓国ではベストセラーとなったと訳者あとがきにあ…

ある日本文学研究者/翻訳家とやりとりをしていたら、大学の授業で倉橋由美子を教材として扱うことも検討したが、その作品の英訳の質から結果として択ばなかった、という趣旨の一文があった。自分はその作品がどの作品かも知らないし、よって日本語と英訳をく…

『日仏翻訳交流の過去と未来』(大修館書店、2014)。パトリック・オノレの文章によると、フランス出版界では、2007年以降、日本語が英語に次いで翻訳点数第2位の言語になっている。マンガの寄与が多いそうだけど、ドイツ語やスペイン語よりも上とは。なお、台…

『最後のユニコーン』で知られるピーター・S・ビーグルは、ラッセル・ホーバン『ボアズ=ヤキンのライオン』に「くやしい。ぼくは本書のような物語を書きたかったのだ」と最上級の賛辞を寄せた。そのホーバンは、ジョン・クロウリーについて、Crowley is one…

言語学・文化人類学者の西江雅之による、「エスニック料理」という語についての目から鱗が何枚も落ちるような学術的エッセイ。(→Link) ところで、「エスニック(ethnic)」や「エスニック・グループ(ethnic group)」という語を日本語に訳す場合、しばしば…

知り合いの留学生がSNSにポストしていた投稿。「今日、「言葉狩り」という言葉を知りました。「紅葉狩り」のように、美しい言葉を見つけて楽しむということだろうと思いましたが、違っていました。そのほうが楽しいのにね。」こういうのをフレッシュな物の見…

スカイプでスロヴァキアの本好きと話す。すごくびっくりしたのが、注文していた英語の本を受け取るために今度ほかの国まで列車で旅行しに行く、とうれしそうにしていたこと。どの国にもAmazonがあるわけではないことは知っているけれど、いったいどういうこ…

あるとき「大学の卒論で扱ったのはジェンダーSFだった」と人前でこぼしたら、「さまざまなSF小説にみられる女性像」を精査したのだと思われて、面白い誤解のされ方だなと感じたことがある。たとえば「海を見る人」「美亜へ贈る真珠」「たんぽぽ娘」といった…

英語圏では翻訳と感じさせない翻訳が好まれる傾向がある、とものの本には書いてある*。でもわたしは、翻訳書を読んでいるときに、それぞれの翻訳家の体臭を眼と鼻と脳とで記憶し、次に同じにおいがいつ鼻孔をくすぐるのか、ノラ犬のように愉しみとしている。…

岡田恵美子、北原圭一、鈴木珠里編『イランを知るための65章』(明石書店)。テヘランの地下鉄には痴漢を防ぐための女性専用車両があり、全員がヘジャーブをつけているので遠くからだと車両いっぱいの鳥の群れのように見えるのだとか。これについてイランの人…

千葉文夫『ファントマ幻想』(青土社、1998)より、「パリのキューバ人 アレッホ・カルペンチェール」。長年読みたい!と思っていた、11年に及ぶカルペンティエールのパリ時代について扱った論考(著者は自分の熱愛の作家、マルセル・シュオッブの全集の翻訳家…

ともに1930年代生まれの詩人、多田智満子や矢川澄子が「宇宙」ということばをもちいるその瞬間、読者をとり囲む宇宙は実際に鳴動するという気がする。サイエンスフィクションの作品の中には、単なる書き割りの宇宙も登場するかもしれない。世代は下り、雪舟…