岩岡ヒサエ『オトノハコ』(講談社)

田辺きみは、新高校一年生。ある朝彼女は、すこしばかり、学校に早く着きすぎてしまった。下駄箱にたたずむ彼女の耳に、ふいにきれいに重なりあった歌声がながれこむ。ああ、合唱部の練習なんだな……ちょっとだけなら興味がある。でもわたしは、じぶんの声について、前にひとから言われたことが気になっていて。そんなふうに思いをめぐらせながらも、放課後、部の見学へと彼女はむかう。

そんなふうにしてはじまる、部活モノの青春ストーリー。けっして、派手さのあるようなおはなしではない。けれどとてもいい作品なのだと、声を大にして言いたい。キャラクターたちは、ちょっと頭身ひくめにデフォルメされていて、みな、丸っこくてかわいらしい。淡く、優しい絵のタッチに、心が洗われる思いがする。

一巻きりで完結だけれど、読みごたえはたっぷり。充実感がある。主人公をふくめた、部員のほとんどみんなが、ゆっくりと成長していく感じがする。十代の男の子や女の子の、心のゆれうごきが、つつましいほどていねいに描かれている。

何度も好きなページをみかえしていて、あっ、とおもう。歌声がほんとうにひとつになっているとき、コマからは音符が消えている気がする。どこかから、必要がなくなるのかな。歌っているみんなの顔をみれば、ああ、ぴったり息のあった合唱なんだな、とわかるから。空に溶けこんでいくハーモニー。読みおえて、拍手をおくる。だれかに、すすめたくなる。