かつあげとは、いやなものである。かつどんなら、食べたくなるけれど。友人には、大学に入学したその日に、制服を着た高校生に囲まれたというヤツがいる。

もし、ノーベル賞受賞作家・大江健三郎さんがかつあげの標的になってしまったら、どうなるだろうか。ちょっとシミュレーションしてみよう。

(場所・新宿やよい軒。大江氏、背筋を伸ばし、もくもくとサバのみそ煮定食を食べている。美しく整った所作で、小骨の一本一本をていねいによりわけている)

大江氏「……」

(チンピラふたり組、つむじ風が起こるような勢いでとつぜん店のなかに入りこんで来る。あっという間に大江氏のテーブルを取りかこむ。胸をはり腕を組み、堂々とした仁王立ち)

チンピラ太郎「おい、おっさん」
チンピラ二郎「おい、おっさん」
大江氏「こんばんは。どうなさいましたか!」
太郎「高そうなジャケット着てるやないかい」
二郎「うまそうなサバ食べてるやないかい」
大江氏「いえいえ、それほどでもありませんよ!」
太郎「(舌打ちして)クッ。それほどでもないなら、俺たちによこしてもらおうかい」
二郎「店の外につれださせてもらおうかい」

太郎&二郎「よっこらせ、よっこらせ」
(ふたり、おおきなかぶを引っぱるように、大江氏の両腕を引っぱりはじめる)

大江氏「おっとっと……」
太郎「ううん。このおっさん、けっこう重いな」
二郎「こいつの体、合金でできてるんじゃねえか」
太郎&二郎「うんとこどっこいしょ、うんとこどっこいしょ」

(美しく着飾った給仕、フリルのついた白いスカートを翻し、三人のまえに飛んでくる)

給仕「まあ。何をやっているんです。このかたがどなたか、ご存じないの」
二郎「このおっさんがなんだっていうんだ?

(チンピラ太郎、給仕をシカトして、なおも引っぱりつづける。大江氏、イスで目つきをするどくし、ロダンの彫刻を思わせる不動の姿勢をとっている)

給仕「それはね。(チンピラ二郎の耳に口をあてて)こしょこしょこしょこしょ…」
二郎「ええっ!?」
太郎「なんだ、なにがどうしたっていうんだ」
二郎「このおっさん、どうもノーベル賞受賞者らしい」

大江氏「……大江健三郎と申します」

太郎&二郎「(声をあわせて)なんだってーっ!?」

太郎「聞いたことのない名前だし、顔にも見おぼえがねえが」
二郎「あの例の、山中教授ってやつがこいつなんだよ、たぶん。最近ニュースで見たからまちがいない。ああ俺たち、とんでもない人をターゲットにしちまったらしい。ぶるぶるぶるぶる」

給仕「もう警察は呼んであります。すぐにパトカーが来るわ。さあ、観念しなさい」


     ピー   ポー
        ピー   ポー


太郎「やべえ、サツだ。ずらかるとするか」
二郎「逃げろ逃げろーぃ」
(ふたり、店に入ってきたときと同じような勢いであわてて退散する)

給仕「ふう……行ったわね」

(大江氏、ゆっくりと立ちあがり、給仕に握手をもとめる)

大江氏「助かりましたよ。(一音節ごとにくっきりくぎった大きな声で)あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・す・!」
給仕「いえいえそんな……。当然のことをしたまでですわ。ポッ」<完>


つたない願望充足コント、おそまつさまでした。