旅人の詩集である。旅についての本ではなく、旅人についての本。
旅人というのはつまり一番だまされや
すいたぐいの人間で、もう少し先に何
かあると思って一生でも歩きつづける
詩人は、このように静かに言い放つ。
波の打ち寄せる海をみて歌い、珊瑚礁の上で遊ぶ。天末線を見やり、カモメの声に耳をひらきながら、あてどもなく砂浜をさまよう。文学的自意識の駆動のありように、村上春樹とはまた異なったかたちの、ナルシスの魅力の結晶がみとめられる。センチメンタルでありながらも、洗練のみを志向するのではない。どういうわけか、どこかが小汚い。
この本が、詩集のかたちをとっていることのすばらしさはなんだろう。ここにある作品群が構想されたころ、著者はすでに、旅への情熱の虜になっていた。観光ガイドや紀行文のように、異国をゆく体験が、知的にまとめ上げられているわけではない。自身の足の裏という、触覚のアンテナに引っかかったものだけを、無造作に、ぱっぱと言語化していく。雑然とはしているが、磯や島や、夏の朝の成層圏のエレメントが、塩の柱のように明晰に輝いている。
本書は、小説におけるデビューに先がけた、池澤氏の初の著作である。ああ、キャリアの最初期にこんな本を持てるなんて! 理想的な船出と呼んでみて、いいのではないだろうか。