ベストSFイヤーをもとめて

 ベスト・イヤーは80年(日本の)。翻訳作品も国内作品も、長篇も短篇集もアンソロジーも(新作、新訳の短篇は必ずしもベストではないけれど)、これだけ充実しているというか、豪華だった年はないんじゃないですか(ノヴァ年鑑の年!)。現在のような“シリーズ”や“ジュヴナイル”や“ノヴェライズ”の洪水抜きで400冊以上も出た年なのですから、その内容の濃さは自ずと知れるでしょう。
 ぼく個人にとってもこの年はSFファン歴の最初のピークにあたります。
 76年に教科書に載っていた星新一で活字SFに出会い、
 77年に翻訳SFを読みはじめ(ブラッドベリを繰返し読んだ)、
 78年に初めて〈SFマガジン〉を買い(石川喬司の入門書を新刊で読み、日本SFを読み漁り、まだ300番台になったばかりのハヤカワ文庫SFと創元推理文庫をかたっぱしから買いこんだ。だから翻訳SF復活の年というのは、個人的にピンとこないところがあります)、
 79年に新刊をリアルタイムに読むようになって(銀背の文庫落ちが一段落して“古典”がずらりと本屋に並んでいる一方で、新訳も続々出て、なんでも読める状態だった。そのうえなぜか個人的に銀背を定価で数十冊一度に定価で入手した。伊藤、浅倉解説や安田コラムを一生懸命お勉強もした)、
 そしてむかえた80年。“SF界”に“憧れ”はじめた新潟の少年がこの1年に読んだのは、次のような作品でした……
 バケツ一杯の空気、女の千年大国、ホークスビル収容所、宝石泥棒、クルーイストン実験、エデン、ハイ・ライズ、たんぽぽ娘ヨコジュンの宇宙寄席、ご依頼の件、残像、冷たい方程式、不安定な時間、大洪水伝説、月光のさす場所、所有せざる人々、世界ユーモアSF傑作選、クレイトスの巨大生物、神々自身、悪鬼の種族、コンピュータ・コネクション、究極のSF、赤方偏移の仮面、鉄の夢、日本SF古典こてん、愛しき人類、星を継ぐもの、対人カメレオン症、世界SFパロディ傑作選、シャーロック・ホームズ宇宙戦争ヴァーミリオン・サンズ、暗闇のスキャナー、悪魔のハンマー、いつか猫になる日まで、時間帝国の崩壊、風の十二方位、アポロの彼方、中性子星、氷の下の暗い顔、言語破壊官、ブロントメク!、歌の翼に、灰と星、時のない国その他の国、超・博物誌、ゲイトウエイ、空は船でいっぱい、エンパイア・スター、ハローサマー・グッドバイ、SFミステリ傑作選、東欧SF傑作選、魔法の国が消えていく、浴槽で発見された日記、二人だけの珊瑚礁、集中講義、我ら死者とともに生まれる、すばらしきレムの世界、コスモス・ホテル、十億年の宴、わが名はレジオン、グリーン・レクイエム、SFその歴史とヴィジョン、どこからなりとも月にひとつの卵、キラキラ星のジッタ、楽園の泉、エネルギー救出作戦、確率人間、コスミック・レイプ、ロカノンの世界、ユニコーンの徽……
 これでも、日本SFを中心に半分以上削った結果なのです(残虐行為展覧会、仮面物語、超SF映画……)。SFの魅力としての運動体(ジャンル)としての一面をあげる人間が、ダブル・クラウンと、名のみ高かった(と聞かされていた)作品と、日本作家の意欲作が目白押しになったこのラインナップに酔いしれても、なんの不思議もないでしょう。この“年”がSFファンとしての方向を(つまり山岸真というSFの人の性格を)決定づけたのです。
 さらにこの年は、翻訳の再刊が、恋人たち、火星のタイム・スリップ、大いなる惑星、時の仮面、天翔ける十字軍、コンピュータ検察局、未確認原爆投下指令、読心機など。一方日本SFも、『復活の日』の映画に合わせて角川文庫の文庫化が最高潮に達したのと、徳間文庫の創刊もあって、過去十数年の主要作品がすべて本屋で手に入るかと思えるほどの(じっさいそれに近かったといっていいでしょう)盛況ぶり。ほかにリンゼイ、マルケス村上龍など。
 雑誌では〈SF宝石〉大活躍の年。月号では81年だけれど、「クレプラ」の“アメリカSFカレンダー”もこの年の暮れ。そのころには海外SFリアルタイム追っかけに、どっぷり漬かっていたわけです。あと80年といえば、〈SFマガジン〉7月号の広告とTOKON?のための上京で〈SFマガジン〉のバックナンバーを揃えたり、古沢さんに文通していただいたり(初めてファンジンを買った年ということでもある)、NOVA・Eを注文したり……。
 80年の作品のベストはもちろん、
 『ブロントメク!』
 です。
 高校3年生、受験を控えてここにあげた以上の(むろん雑誌も含めて)SFを読んでいたわけです。だから、適度に勉強しておけばまず落ちない大学がどこかを教えてくれた共通一次に、ぼくはとても感謝しています。
 ベスト・イヤーの次点は、ブラッド・ミュージック、ノーストリリアにはじまって、愛はさだめ、さだめは死、カウント・ゼロをへて、スキズマトリックスに終わった87年(日本SFが弱い)と、樹海伝説、サンドキングス、スターシップと俳句、ソングマスター、戦闘妖精・雪風、神獣聖戦、幻詩狩り、魔獣狩り、マインド・イーターと好みの作家の意欲作が並ぶ84年。どちらも量的な迫力に欠ける点と、本屋で手に入らない文庫が増えてきた点がいまいちだけれど、この辺りの年で、ぼくの80年と同じ体験をした新しいSFファンがきっといると思います。

Nova Quarterly 特集:ベストSFイヤーをもとめて

翻訳家・アンソロジストとして知られる山岸真が、自身にとっての“SFベストイヤー”を回顧するエッセイ。ひとつのことに心の底から熱中することの楽しさが伝わってくるような文章だと思う。聞いたことのない本の名前が、キラキラと輝いてみえる。