Shaun Tan「Cicada」(Arthur A. Levine)

なんとびっくり、傑作『アライバル』の著者、ショーン・タンが新作のモチーフに選んだのは働き者の日本の会社員。

勤勉なさまをわが国の言い方では「アリのように働く」と言うことがあるけれど、面白いことにオーストラリア出身のこの作家はそんな存在をセミ(cicada)として描写してみせる。

(ショーン・タンと日本との関わりはけっこう深い。2011年に来日した際の大阪府立中央図書館でのトークイベントでも子どもの頃どれだけ任天堂のゲームに熱中していたかについて語っていたし、『Rules of Summer』の特定のページにも招き猫がさりげなく顔を出していたりする。英語圏のcartoonの伝統からはほとんど切り離されたかに見える愛くるしいキャラクター造形に僕たちが共鳴してしまうのは、根っこのどこかに宿る力があるのである)

この作品は一応は〈現代の寓話〉を志向しているのであって、日本という具体的な国の名が出てくるわけではない。しかし、巻末にあの日本文学の引用が掲げられているのを見ても、現代日本社会が直接的間接的なインスピレーションの源泉になっているということは明らかだと思う)

あまりにも短い絵本で、私たちをも驚かせるような文明批評を展開する代わりに、〈ちょっとした不思議〉(a touch of strange)に逃げてしまっている気がする。個人的には、もう少し長いストーリーを読みたかった。

それでも、この絵本の最大の見どころは美術作品としても充分に鑑賞に耐えうる表紙の一枚絵であって、この絵が産み落とされるためだけにも絵本の意味はあったと思う。だいたい、あなたはこんなセミの表情を見たことがあるだろうか? 40年後にこの銀河のどこかで開かれるショーン・タンの展覧会で、この作品に出会ったら足を止めて泣いてしまう気がする。泣く予定である。(2019.4)

Cicada
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Shaun Tan
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