詩に近づく小説、小説に近づく詩

食虫植物を指にささへて、長い硝子管で月を吸ってゐると、やがて脳髄が青白くなり、真珠色になり、巻尺で計ると背中の方から破れてしまつた。――北園克衛

さて、「詩に近づく小説、小説に近づく詩」というテーマで小さなブックリストを作ることになった。

自作について「とても詩的な小説ですね!」と笑顔で感想を伝えたらほほえんでくれる小説家はいるかもしれないが、「小説みたいな詩ですね!」と対面で感想を伝えてもいい顔をしない詩人が多いというのが筆者の推測。数多の言語表現のジャンルがある中、自分のスタイルというものに限りなく意識的になり、その上で詩という形式を択びとった人が多いはずだからである。

そのうえでわざわざリストアップの作業にまで手を染めるのは、(1)現代詩の分野においては批評の量に比してファンのためのガイドが不足しているように思える(2)こういう記事をアップすることで自分と似た趣味の人を探したい、増やしたい、というふたつのシンプルな理由による。

マルセル・シュオッブ『少年十字軍』(王国社)の多田智満子による訳者あとがきには、このような一文がある。

「(引用者註:『モネルの書』をはじめとする小説について)これらはいずれも短篇小説というよりは完璧な散文詩ともいうべき、香り高い作品である。」

いつの頃からか、「散文詩と見紛うばかりの文体」などと形容されるタイプの小説は、好みのものが多いと気づきだした。小説と並行して国内外の詩集をよく読むようになる中で「散文詩」と名のつくものは特に積極的に手に取るようにした。やがて、豊かな物語性は行分け詩にもいくらだって見出せると感じられるようになった。

セクト意識に関わる議論に足を踏み入れたくないので、「詩」あるいは「小説」の定義とは、という話はここではしない。しかも、以下のリストの中で便宜的に「小説に近づく詩」に分類させてもらっているものの、実は物語性が稀薄なものはいくつもある(いつか、「ナラティブ」のような文学タームを導入しつつもう少しきちんと整理してみたい)。だからこれは、「それが好きだったらこれも好きじゃない?」と聴こえない声でささやく程度の、いち現代詩/幻想小説ファンによる、おずおずとしたおすすめと受け取ってくだされば幸いです。

◇詩に接近する小説

オクタビオ・パス「天使の首」(『鷲か太陽か?』書肆山田)

デヴィッド・ブルックス「SEIの本」(『迷宮都市』福武書店)

ディラン・トマス「果樹園」(『書物の王国 夢』国書刊行会)

パウル・ツェラン「山中の対話」(『パウル・ツェラン詩文集』白水社)

ジェフ・ライマン「オムニセクシュアル」(「SFマガジン」91年11月号)

マルグリット・ユルスナール『火』(白水社)

マルセル・シュオッブ(『モネルの書』『マルセル・シュオッブ全集』国書刊行会)

マルセル・シュオッブ「大地炎上」(『マルセル・シュオッブ全集』国書刊行会)

ジョイス・マンスール『充ち足りた死者たち』(マルドロール)

ジョルジュ・ランブール「ヴェネチアの馬」(マルセル・シュネデール編『現代フランス幻想小説白水社)

J・G・バラード「終着の浜辺」(『終着の浜辺』創元SF文庫)

島尾敏雄「草珊瑚」(『硝子障子のシルエット』講談社文芸文庫)

高橋睦郎「三つの童話」(「牧神」2号)

 

◇小説に接近する詩

時里二郎『名井島』(思潮社)

粕谷栄市『世界の構造』(詩学社)

入沢康夫『ランゲルハンス氏の島』(『入沢康夫詩集』思潮社)

入沢康夫「「木の船」についての素描」(城戸朱理野村喜和夫編『戦後名詩選』思潮社ほか)

金井美恵子『春の画の館』(講談社文庫)

多田智満子『川のほとりに』(書肆山田)後半の詩群

高橋睦郎『動詞1』(思潮社)

高橋睦郎『動詞2』(思潮社)

安西冬衛『軍艦茉莉』(『安西冬衛全集』宝文館出版)

吉田文憲『花輪線へ』(『吉田文憲詩集』〈詩・生成〉思潮社)

阿部日奈子『植民市の地形』(七月堂)

川口晴美『やわらかい檻』(書肆山田)

廿楽順治『たかくおよぐや』思潮社)

佐藤雄一「痛覚のためのエスキス」

高柳誠

ホルヘ・ルイス・ボルヘス『創造者』(岩波文庫)

ジャック・レダ『パリの廃墟』(みすず書房)

エフライム・ミカエル「フランソワ・ヴィヨン」「王」「奇跡」「降霊術師」 (白鳥友彦編訳『月と奇人』森開社)

エフライム・ミカエル「世捨人」(「幻想文学」66号)

アンリ・ミショー

李箱

 

◇参考作A 個人的な愛着は強くないが気に入る人もいるように思えるもの

福永武彦「塔」(『塔』河出文庫)

千田光『千田光詩集』(森開社)

飯田茂実『世界は蜜で満たされる』(水声社)

松井啓子『のどを猫でいっぱいにして』(思潮社)

田口犬男『モー将軍』(思潮社)

アナイス・ニン『近親相姦の家』(鳥影社)

リチャード・ブローティガンロンメル進軍』(思潮社)

チャールズ・シミック『世界は終わらない』(新書館)

エルゼ・ラスカー=シューラー「白いダリア」(紀田順一郎,、荒俣宏編『啓示と奇蹟』新人物往来社)

 

◇参考作B 物語性はほぼないが優れた散文詩としてこの際強くおすすめしたいもの

山口哲夫山口哲夫全詩集』(小沢書店)

高橋睦郎『暦の王』(『高橋睦郎詩集』思潮社)

平出隆『家の緑閃光』」(書肆山田)

高橋優子『薄緑色幻想』(思潮社)

ジュリアン・グラック『大いなる自由』(思潮社)

ジャン=ミシェル・モルポワ

 

◇参考作B いつか挑戦・再挑戦したいもの

ワレーリヤ・ナルビコワ

オシップ・マンデリシュタームアルメニア紀行

ミシェル・レリス『オーロラ』

 

◇レファレンス

「びーぐる」23号(「特集:詩のなかの小説 小説のなかの詩」) 

現代詩手帖」2015年5月号(「特集:SF×詩」)