スワヴォミール・ムロージェク「漫画」(未訳)

ムロージェクは以前読んだ『鰐の涙』(未知谷)という作品集が印象に残っている。本の結構そのものは短編小説集なんだけど、ときおり挿入される著者自筆の漫画がいい味を出していて、クスクス笑いっぱなしの読書体験にさらにひと振りのチャーミングなスパイスを加えてくれた。今でも覚えているのは、トボけた&へタウマちっくな(そして愛くるしい!)キャラクターからモワモワとした想念のフキダシが出ていて、そこには「僕を描いたのがレオナルド・ダヴィンチだったらよかったのに」。これにインスパイアされて、ひところ僕が手帳に描く動物のイラストにはすべて「I wish I had been drawn by Leonardo da Vinci」というフキダシを付していたほどである。

本書はそのムロージェクの漫画を一巻に集成したもの。ポーランドで何年か文学研究をしていた方が自身による日本語訳を付して貸してくれたので、とても楽しみながら読み進めることができた。

これほどクスクス笑えるとは思っていなかった。形式としては、いま現在ふつうに日本で流通しているようなコマ割りのあるマンガではない。学校の教科書で「まんがの源流」として紹介されているようなビゴーの素描、あるいは今でも一部の新聞に掲載されるような政治風刺のポンチ絵といったカリカチュアーにスタイルそのものは近いのかもしれない。「風刺漫画なんて退屈なんじゃないか」という心配はご無用。わが国の筒井康隆も学恩を表明する*ようなとびきりポップでナンセンスなギャグの連射は、東欧の政治・社会の文脈をかならずしも共有しない僕たちのお腹をもケイレンさせてやまない。コマに目に見える四角い枠線が存在しないだけで、きっちりとした展開のある複数コマ作品も多く用意されている。

自分の印象では、マイナーであることを宿命づけられるタイプのアーティストという印象は持たなかった。チャールズ・シュルツにおけるスヌーピーのような決定的なキャラクターがいなかったというだけで、この丸っこい描線と才気あふるる笑いのセンスは人口に膾炙しうる特質を備えていると本気で思うのですが、いかがでしょうか。

*『最後の伝令』所収の短編「ムロジェクに感謝」のムロジェクとはこのムロージェクのこと。ただし、表記から鑑みても、氏が親しんだのは小説というよりも1950年代あたりから演劇雑誌や戯曲のアンソロジーなどに散発的に邦訳されてきた戯曲の可能性も高いかと思われる。