Masayo Nonaka Remedios Varo: The Mexican Years(Rm Verlag)

2000年代に、こんなことを思ったことがあった。「幻想美術*の画集でクノップフレメディオス・バロはいい画集が国内の出版社から出ていないなあ」。その頃と較べるといまはインターネットで洋書を買うのもはるかに簡単になった。Amazonでは著者名がMasayo Nonakaとクレジットされていたため、「画集でなくて伝記や研究書だったらどうしよう」と一瞬だけ不安が脳裏を掠めたが、この本は取り寄せてよかったと心から思える一冊だった。

「The Mexican Years」とタイトルにはあるものの、レオノーラ・キャリントンなどを訳されている野中雅代氏が十数ページほどの文章を英語で付しているだけで、これはれっきとした画集である。本のサイズも絵画を吟味するには充分なサイズで、印刷もとてもよい。ジョイス・マンスール、ネリー・カプランなど女性シュルレアリストというのは自分が強く関心を持つ領域のひとつなのだけど、見たことがなかったバロの作品にも今回出会うことができた。

さて、野中氏の文章についてほんの少しだけ。ルイス・ブニュエルがキャリントンの家に遊びに来た時、バロのアイデアでタピオカをイカの墨で染めてキャビアとして出した、なんてちょっとクスっとする逸話が紹介されている。ブニュエルは「なんか変な味がする」とつぶやくが、口裏を合わせておいた残りの全員は「そーお?とってもいいお味だと思うけれど」と唱和する。女性シュルレアリストたちって才気に満ちあふれながらも時に男たちを煙に巻くような自由奔放な性格というイメージで、20世紀芸術運動の震源地でありながらもさぞかし楽しいサークルであったことでしょう。

*という実体のないジャンルを仮に恣意的に設定してみたらの話です