「イギリス料理はまずい」という言葉は、多くの人が聞いたことがあるにちがいない。そこで考え始めるのは、「もし自分がイギリスに生まれていたら、どういう世界像や経験を持っていたか」ということ。外国の人と話すたびに、いつも「イギリス料理ってマズいって言われるよね~」などといじられるとしたら(casual and slight racism?)、表面的には微笑んで受け流すかもしれないけれど、それはちょっとさびしいのではないだろうか。

石原孝哉・市川仁・宇野毅編『食文化からイギリスを知るための55章』(明石書店、2023)はイギリス料理の多様性と伝統の双方に目を向けさせてくれる。日本人が和食ばかり食べているのではないのと同様、イギリスにも世界中の食べものがたえず流れ込んでくる。1970年代、インド・パキスタン紛争、パキスタンバングラデシュ紛争で祖国を捨てた大量のインド人がイギリスに移住し、インド料理が急速に広まった。中華料理の発展には香港返還をめぐる政治上の争いも大きなファクターとなっていて、そもそもイギリスの中華料理は香港からの移民がパイオニアの役割を担った。このあたりの近現代史と食の発展のリンクを詳細に書き込んだ章が圧倒的におもしろい。

ある大規模な統計によると、インド料理では?と一瞬思いたくなるチキンティカマサラはなんでもフィッシュアンドチップス、サンデーローストについでイギリスの国民食3位にランクインしているらしい。この現象をこの本は、日本におけるカレーとラーメンの立ち位置とパラレルに見立てている。発祥はほかの国でも、アレンジしながら食べつけてきたからこれは自分たちの食文化なんだ!という自負。また、イギリスの中華料理は香港からの移民がベースを作り上げたから基本的には中華のなかでも広東料理である、など目からウロコの「物語」が満載。ネタバレはわるいので、詳しくはぜひ本を手に取ってどうぞ!

食文化からイギリスを知るための55章 (エリア・スタディーズ)