朱天心の『古都』は、この十年で読んだ海外小説で十作選ぶなら必ず入ってくる、それくらい僕にとっては大切な作品(これから読まれる方は川端の『古都』を必ず先に読むこと、でないと味わえない)。この「想我眷村的兄弟們」のことは中国の翻訳家の方が教えてくださった。日本語訳はないようですが*英訳ならあります、との言葉とともに。
本作は眷村文学の傑作という名声をすでに確立しているそうだが、作品の歴史的背景やプロットの紹介、詳細な分析は赤松美和子氏の『台湾文学と文学キャンプ: 読者と作家のインタラクティブな創造空間』(東方書店)に収められている論考「朱天心「想我眷村的兄弟們(眷村の兄弟たちよ)」に見る限定的な「私たち」」が参考になる。方法論の観点からすると、『古都』で全面的に展開されている手法の萌芽、非凡なる重層性がすでにこの作品では明確に見て取ることができる。作品としての価値はどうしたって『古都』に軍配が上がるはずだ。しかし眷村をここまで正面から扱った作品は恥ずかしながら読んだことがなく、その意味で台湾の歴史を知る意味でもいま読めて心からよかったと思う。そして読み手の現実に接続されるこの幕切れは圧倒的。
以前ブログで『古都』の感想を書いた際にもカルペンティエールやクロード・シモンに触れたが、『古都』が真性の傑作『バロック協奏曲』に少しも劣らない、という気持ちは少しも変わっていない。朱天心、という整った漢字三字のつらなりを見るだけで、冷静さを失ってしまう。胸の鼓動が速くなる。
そして聞いたところによると朱天心は最近小説を書いていないらしい(真偽はわからない)。普通の作家についてそうしたことを聞けばふつうは嘆息してしまう。しかし朱天心ほど明敏な書き手であれば、それもあり得るな、となぜか奇妙に納得してしまうのだった。もちろん、新作が現れるのであれば、狂おしいほど読んでみたい。
*ISBNのついていない書籍として、邦訳は九州の小さな出版社から90年代に刊行はされているらしい。詳細未確認。英訳はコロンビア大学出版局の『The Last of the Whampoa Breed: Stories of the Chinese Diaspora』収録で、筆者はこれで読んだ。