小説のストラテジー

ル=グィンの小さな創作指南書、Steering The Craft。この書物で前提となっている考え方というのは、大海に漂う魔法のボートを乗組員が操舵するように、作家は自分の技術をきびしくコントロールすべきであるということだ。ただでさえ船体は波で揺動してやまないのに、手が少しでもくるえば、難破はまぬかれない。逆に、驚嘆すべき技芸の粋でもって船を統御することができれば、そんな場所があるとは読者が想像さえしたことのない入り江へと導いてゆくことができる。

太宰治「駈込み訴え」や三島由紀夫「中世」が好きになれないのは、みなぎる文圧が確かに感じられながらも、そこに宿る切迫感、弓を絞るよりも自己の執念の礫(つぶて)を直接叩きつけるようないわばコントロールが効いていない感触が苦手だからだろうか。しかし、自己のオブセッションを「なま」のまま造形する作家、悲惨あるいは不器用な生を送った作家の作品でも好きなものは無数にあるから、小説のゆたかさに期待するためにはprincipleから出発するべきではないのかもしれない。