2010年代に36年ぶりに新刊が出た伊藤重夫の一冊目の単行本。『踊るミシン』が86年に発行されたおよそ230ページの長編であるのに対し、こちらは70年代に描かれた作品を多く含む300ページ超えの重量級中短編集である。またすべての作品は、『踊るミシン』より…
「ユリイカ: 特集 現代語の世界」。あまりに面白くて、雑誌の隅から隅までを一気に読みつくしてしまった。どの論考もパッションに溢れているけど、下に取り上げないもののうちでほか特に気になったのは、綾門優季「現代口語演劇と、あまり関係のない現代口語…
一九九六年に、アメリカで日本文学を研究しているスティーブン・ミラー准教授はPartings at Dawn: An Anthology of Japanese Gay Literature(『有明の別れ――日本ゲイ文学集』)という分厚い本を出して、第一歩を踏み出した。平安期から現在まで、フィクション…
ワート・ラウィー「詩とは反逆だ」現代タイ文学翻訳家、福冨渉の2022年のnote記事より。1971年生まれのタイ作家の散文詩とのことだが、くるおしいまでの自由への希求を結晶化させた秀作。以下、冒頭近くの数連のみ引用。 詩とは数学だと言うひとがいる 数学…
プチ気づいたこと。去年刊行され話題を呼んだ台湾出身のマンガ家、高妍『緑の歌』上巻p220-233に出てくる台北のお店は外観や内装、加えて著者のインタビュー(→Link)から判断するとこれはもうMangaSickですね。 高校から同人誌を読んだり描いたりしていました…
なんとなく湧いてきた、奇想短篇小説のフェイバリット。あくまで今日の気分なので、一日経つと涼しい顔をしてすべて入れ替わったりします。ロバート・クーヴァー「ラッキー・ピエール」アウグスト・モンテロッソ「ミスター・テイラー」ヴォルテール「ミクロ…
ムロージェクは以前読んだ『鰐の涙』(未知谷)という作品集が印象に残っている。本の結構そのものは短編小説集なんだけど、ときおり挿入される著者自筆の漫画がいい味を出していて、クスクス笑いっぱなしの読書体験にさらにひと振りのチャーミングなスパイス…
・BBC非英語映画ベスト100(柳下毅一郎ブログ「映画評論家緊張日記」)2018年にBBC Cultureが非英語映画ベスト100という大規模なランキングを行った際、1位は『七人の侍』だったが、柳下氏を含む日本の評者は誰ひとり投票しなかったということがなぜか印象に残…
生まれて初めてパウル・クレーの天使画を見たときのような驚き。翻訳への興味からこの本を手に取る人が多いと思うけど、社会言語学への最良の入門書であるようにも見え、ことばの不思議さの探索へといざなう絵本として、中学生や高校生のような層にも読まれ…
The winner of the Akutagawa prize for the first half of 2022, which is one of the most prestigious literary awards, has been announced recently. This award is given to new authors and therefore I hope that people abroad will not think this…
〈彼方〉へ向かっていく小説の傑作……ジュリアン・グラック「街道」/〈彼方〉から何かが到来する感覚の傑作……J・G・バラード「時間の庭」/〈落下していく〉感覚の傑作……ミルハウザー「アリスは、落ちながら」、ブッツァーティ「落ちる娘」/〈垂直方向に射出さ…
「幻想文学」60号に掲載された、須永朝彦と山尾悠子の対談「天使と両性具有」。タイトル通り、天使や両性具有やさまざまなモチーフ、そしてもちろんそれにまつわる書物の話題に花が咲いているのだけれど、個人的に気になった箇所がある。 山尾 両性具有につ…
www.ndbooks.com Polly Barton訳がイギリスではFitzcarraldo Editionsから、アメリカではNew Directionsから刊行なるということで(→Link:カバー装画が素敵!)、ネタバレありの感想をちょっとしたメモ程度に。※以下、ネタバレを含みます自分は4章「鳥の声」が…
Wow, this is clearly evidence of Japanese diversity in absorbing foreign food. A leading spice company in the name of SB, which has taken a great role in introducing semi-Indian style curry and rice to Japan some decades ago, has recently …
『夜想』の山尾悠子特集で、沼野充義がたいへんに面白い指摘をしている。山尾悠子の 「誰かが私に言ったのだ 世界は言葉でできていると」 という二行の分かち書きのフレーズは作家の創作姿勢を明快に打ち出すものとして解されてきたが、『増補 夢の遠近法』…
2021年冬に柴田元幸氏ら編集の英語版「MONKEY」2号で作品が英訳された尾崎翠。中国の気鋭の幻想文学研究者、劉佳寧さんへのインタビュー(→LINK)をみていたら現在、山尾悠子だけでなく尾崎翠をも翻訳中とあってうれしくなった。「MONKEY」1号では由尾瞳氏が英…
山尾悠子が「幻想文学」60号のアンケート、「幻想ベストブック1993-2000」で挙げている本の一冊は中野美代子(中国文学研究者)の『眠る石』。円城塔もある書店の選書フェアで別の本を「圧倒的」と述べていたし、「小説家とはあまり認識されていないけれど、wr…
・東日本大震災、留学への準備、身内の不幸などによって不可避的に文脈が変わらざるを得なかった2011年までに読んだ「大好きな本」。・ほぼすべてが2011年までに読んだ本だが、「2011年までに着手して、読み了えたのは2012年以後」の本も数冊だけ含まれる(『…
前回同様(→Link)、この二年間で読んだものの収穫、ただし自分の専門に関わる本はすべて除く。自分が死んだら棺桶に入れてほしい書物を二冊だけ挙げると、『最後のユニコーン』を書いたピーター・S・ビーグルが「くやしい。僕は本書のような物語を書きたかっ…
怪物的アンソロジスト、ジェフ・ヴァンダミアがナイジェリアの作家エイモス・チュツオーラに対しほとんど別格のような評価をしているのを目にした時、実を言うと少しだけ意外に感じた記憶がある。自分も以前読んで気に入ったけど、衝撃を受けたというような…
澁澤龍彦の傑作『高丘親王航海記』、今年の9月にフランス語版が出版されていたことを知る。訳者はベストセラーのマンガから『ドグラ・マグラ』までをフランス語に移し替えてきたベテラン、パトリック・オノレ。 個人的に面白いなと思うのは、英語圏でも『高…
ワールドカップ・クロアチア戦。何年もやりとりをしていなかったクロアチアの友人のことをふと思い出し、「両方のチームを応援しているよ」と深夜、家で試合を観ながらメッセージ。「仕事が終わっていないから、観られないと思う」と返ってきたのだけど、そ…
・コニー・ウィリス「わが愛しき娘たちよ」(『わが愛しき娘たちよ』ハヤカワ文庫SF)controversialな作品だと聞いていたので読んでみたら(SFマガジンのポスト・フェミニズムSF特集に掲載)、たしかに傑作ではあるんだけど、どういう所に作品の思想的な側面があ…
ボブ・ショウ「去りにし日々の光」、ディヴィッド・I・マッスン「二代之間男」、イアン・ワトスン「「超低速時間移行機」、キース・ロバーツ「猿とプルーとサール」、ジョゼフィン・サクストン「障壁」、ジョージ・コリン「マーティン・ボーグの奇妙な生涯…
『カモガワGブックス〈未来の文学〉完結記念号』では、若島正が「未来の〈未来の文学〉」というタイトルで未訳の傑作を紹介しているのだけど、「それ読みたいやつ!」と思わず声をあげてしまったのがイギリスの女性作家、クリスティン・ブルック=ローズ。由…
「三田文学」2019年秋号、「世界SFの透視図」。この特集における沼野充義+立原透耶+新島進+識名章喜+巽孝之による同タイトルの座談会、いま読んでも拡がりがあってとても面白い。スタニスワフ・レムの各国語版の比較なんて、英米の研究者だけではなか…
知人が関わっている縁で、とある大学の学園祭にてフョードル・ソログープ作の演劇、「死の勝利」を観る。使用言語はロシア語だけど、舞台の脇に字幕スクリーンをつけてくれているのでロシア語の習得は不問。ソログープの小説作品とも共通するのは、超自然へ…
僕がもっと知りたいと思っている事柄に、英語圏の大学のcreative writing(創作文芸科)やジャンル小説のワークショップがある。「文学の書き方なんて人に教えてもらうことはできない」という密教的スタンスは日本国内においていまだ優勢だと思うけど、テッド…
中国語圏の文学を読んでいて「あ、いいな」と思うのは、「金剛砂」なんていう表現に文章の中で出会う時だ。少なくとも欧米の小説の翻訳の中では、お目にかかったことがない。 この前、とある俳人の句集を日英対訳で読んでいて、「金剛寒といふべしや」という…
たぶんあまり知られていないのだけど、東京大学現代文芸論研究室論集「れにくさ」は無料でウェブですべて公開されている。沼野充義教授退官記念号に掲載されているエヴァ・パワシュ=ルトコフスカ「戦後日本におけるポーランド研究」は工藤幸雄、吉上昭三など…