高柳誠『都市の肖像』(書肆山田)

高柳誠。はじめに思潮社の〈詩・生成〉のシリーズで読んだ『高柳誠詩集』の、アナイス・ニン「技芸の冬(『人口の冬』)」の引用が強く記憶に焼きついている。愛すべきたたずまいのこの小さな本は、市庁舎、運河、天文台、競技場など名もないある都市の細部に…

2024年、3月。これまでもウクライナの人とは接する機会はあったのだけど、はじめてウクライナの青年を同僚に迎えて仕事をした。日本には7年住んでいる、と言っていて、その数字でウクライナ侵攻が始まる前に日本に来たのだとわかる。それからおよそ10日後、…

たった十八篇を収めただけの小さな詩集『孔雀船』は、大きな不幸と幸に縄のようにあざなわれてきた。 まず最初の不幸は、明治三九年(一九○六年)、はじめて世に送りだされたとき、その船出が題名のような華やかさには恵まれなかったことである。文語定型詩…

富士川 (略)だいたいラシュディを代表とするような小説というのが、どちらかというと魔術的リアリズムというんでしょうか、非常に強い物語性というものを中心に持っていて、そこにインドやイスラムの神話だとか伝説だとか、そういったものを結びつけていく。…

ジェレミーのいた空

ブラッドベリ編Timeless Stories for Today and Tomorrowで読んだ、ナイジェル・ニール“Jeremy in the Wind”。不可思議な淋しさと俳味がこころに永く残る、忘れがたい短篇です。いわゆる異色作家短篇系のアイデアストーリーとはどこかちがう味わいを感じまし…

三浦半島、2024春

横書き詩を集成した、奥付を含めなければわずかに99ページの『山本陽子全集』2巻(漉林書房)。自分の詩的人生において屹立するあの「遙るかする、するするながらⅢ」を収める。「遙るかする、するするながらⅢ」は2000年代なかごろからネット上で引用が拡散し、…

遙るかする純めみ、くるっく/くるっく/くるっくぱちり、とおとおみひらきとおり むく/ふくらみとおりながら、わおみひらきとおり、くらっ/らっく/らっく/くらっく とおり、かいてん/りらっく/りらっくりらっく ゆくゆく、とおりながら、あきすみの、…

Why they'd set the meetings up in Monfalcone he couldn't understand. True, it was closer to the site, and they'd put him in a charming hotel on the corniche -a long road virtually at the sea's edge, so gently curved it could almost be stra…

21世紀の残雪、のための

幻視の起爆力をそなえた唯一無二の作家、残雪。この短文では主にその評価の変容について、限られた知識しか持たない筆者なりに追ってみたい。 ・ふたつの世紀をまたいで 日本で『蒼老たる浮雲』の単行本が河出書房新社から刊行されたのは1989年。1980~90年…

アップダイクのエッセイ集More Matterより、アメリカ小説におけるユーモアの変遷について述べた文章(邦訳があるかは不明)。Secondly, the humor of Benchley and Thurber assumed a kind of generic American experience—white, Protestant, male, bourgeois…

マサチューセッツ工科大学出版局から2023年の10月に刊行されたJ・G・バラードの批評集、Selected Nonfiction, 1962-2007。Facebook上のグループ「J.G. Ballard」のDavid Pringleによる書き込みによると、およそ半数の文章は『千年王国ユーザーズガイド』と…

※記事の性格上、筆者が読んでいない本も(情けないハナシですが…)取り上げていますすぐれた選書とシックで上品な内装、すさまじい数のイベントで知られる台湾を代表する大型書店、誠品書店。この書店が毎月刊行している「書店誌」が「提案on the desk」だ。紙…

今、私は1933年に刊行された同人誌『文學(5号)』を開いている。たまたま立ち寄った鎌倉の古本屋で購入してきた。『詩と詩論』の後継誌として春山行夫が取りまとめた同誌には春山以外に安西冬衛、北園克衛、竹中郁、西脇順三郎、瀧口修三などの面々が詩やエ…

鈴木賢『台湾同性婚法の誕生 アジアLGBTQ+燈台への歴程』(日本評論社、2022)。これと赤松美和子、若松大祐編『台湾を知るための72章 第2版』(明石書店)をあわせて読むだけでも、台湾における同性婚合法化へのけして平坦ではなかった道のりが視えてくる。自分…

2023年の収穫

自分のようなslow readerにとってわずか一年の読書ではテーマが前景化しない、と嘯いて年鑑の回顧は見送るつもりだったのですが、精神の支柱となる書物にいくつも出会えてしまったので、コメントなしで簡単に並べてみます。プチ・ルール・自分の専門に関わる…

柘榴はペルシア語では「アナール」と呼ばれ、省略形の「ナール」は「火」という意味も含む。目にも鮮やかな真紅の柘榴は真っ赤に燃え盛る火とも通ずるところがあるためであろうか。ペルシア文学では宝石箱やルビーは言わずもがな、麗人の唇や胸、血の涙(号泣…

「現代詩手帖」2022年2月号に掲載された、ドロシア・ラスキー×スティーブン・カール×由尾瞳×佐峰存による座談会「沈黙を破るアイデンティティの声」を読み始めていきなり驚いたのが以下の箇所。 佐峰 (略)私自身がアメリカ詩に触れるなかで実感しているのは…

インドネシアの食文化

ここ数年で何度かインドネシア料理を食べに行ったり、インドネシア人の友人と交流したりしているきっかけで関係する本についても読むようになっている。阿良田麻里子『世界の食文化6 インドネシア』(農山漁村文化協会)があまりに面白く(四方田犬彦が紹介して…

ふつうは、切り捨ててしまったものに対して、テクスト自体は痛みを感じないのに、連作短編は、隙間だらけなんだけど、それをつなぎ合わせてみると、その隙間まで読み手の目が届く。そういう点では、やはり長編よりは言えることが多いと思うんです。(柴田元幸…

谷崎由衣『鏡のなかのアジア』(集英社文庫)

90年代、川上弘美が頭角を現したときに福田和也は書いた。「その世界はなかなかチャーミングだが、またあまりにも強い規範性に、若干将来性への不安を抱かないではない」。現時点での谷崎由衣の小説のいくつかは、ひょっとしたらさらに一層規範的であるかも…

海外文学の選書眼ということでは畏怖してやまない知人のひとりと地方都市で会う。十代中頃にはもうジェイムズ・ブランチ・キャベルSomething About Eveを原書で読んでいるみたいな恐ろしい人。新幹線と私鉄に乗り継ぎ数時間ほど、駅で落ち合ったのは夜も更け…

「言文一致styleのグロテスク」というまさにグロテスクな表現をかつて用いたのは松浦寿輝だったと思う。学生時代、『高野聖』や『春昼・春昼後刻』に人生を変えられた自分は、「現代語訳泉鏡花」なんてものがいつか刊行されたらそれこそグロテスクだな、など…

堀田季何『人類の午後』(邑書林)

「ユリイカ」「特集:現代語の世界」の「われ発見せり」の欄に寄せた短文を記憶していたのと、栞(枝折)執筆者のひとりに恩田侑布子がいたので書店で購入した句集。この本でいくつもの賞を受賞したことも含め、著者については事実上なにも知らないまま読み始…

高橋睦郎や吉岡実など数多の現代詩を英訳してきたHiroaki Sato編の日本女性詩アンソロジー、 Japanese Women Poets: An Anthology: An Anthology(Routledge、2007)。その中で、現代詩の範囲に入ると思われる箇所の目次。左川ちか、多田智満子、阿部日奈子、…

レイトショー、渋谷にて。

海外文学レビュー&評論同人誌「カモガワGブックスVol.4 特集:世界文学/奇想短編」に論考ひとつ、コラムひとつを寄稿しました。11月11日の文学フリマ東京37 、ブース「カモガワ編集室」で頒布されるほか、通販(→Link)でも購入することができます。・「“新…

辛島デイヴィッド『文芸ピープル』におけるイースト・アングリア大学の文芸創作プログラムについて触れた箇所に、「イギリスではまだ他に文芸創作のプログラムがない時代(引用者註: 1984~1985年のこと)で、内容も伝統的な英文学のカリキュラムに近く、文学…

洋書を所蔵する図書館でみつけて「こんな本あるのか!」と驚いたのが、三島由紀夫と Geoffrey Bownasという方が共編したNew writing in Japanというアンソロジー(1972、Penguin)。目次には、稲垣足穂、高橋睦郎、吉岡実、塚本邦雄といった面々の名が(も)並ぶ…

泉鏡花をひさしぶりに読んでいる。いままで一度も出会ったことのない語彙や語法にみちているのに、告白すれば文法さえ不明な箇所も多いのに、彫琢され燦然とかがやく世界へ引き摺り込まれて先へ先へとページを繰りたくなるのが不思議で仕方ない。現代人がこ…