2022-01-01から1年間の記事一覧

2021~2022年の収穫

前回同様(→Link)、この二年間で読んだものの収穫、ただし自分の専門に関わる本はすべて除く。自分が死んだら棺桶に入れてほしい書物を二冊だけ挙げると、『最後のユニコーン』を書いたピーター・S・ビーグルが「くやしい。僕は本書のような物語を書きたかっ…

悪訳はいつでも悪か?悪訳版チュツオーラを待望する

怪物的アンソロジスト、ジェフ・ヴァンダミアがナイジェリアの作家エイモス・チュツオーラに対しほとんど別格のような評価をしているのを目にした時、実を言うと少しだけ意外に感じた記憶がある。自分も以前読んで気に入ったけど、衝撃を受けたというような…

オノレ氏の奇妙な愛情

澁澤龍彦の傑作『高丘親王航海記』、今年の9月にフランス語版が出版されていたことを知る。訳者はベストセラーのマンガから『ドグラ・マグラ』までをフランス語に移し替えてきたベテラン、パトリック・オノレ。 個人的に面白いなと思うのは、英語圏でも『高…

ワールドカップ・クロアチア戦。何年もやりとりをしていなかったクロアチアの友人のことをふと思い出し、「両方のチームを応援しているよ」と深夜、家で試合を観ながらメッセージ。「仕事が終わっていないから、観られないと思う」と返ってきたのだけど、そ…

・コニー・ウィリス「わが愛しき娘たちよ」(『わが愛しき娘たちよ』ハヤカワ文庫SF)controversialな作品だと聞いていたので読んでみたら(SFマガジンのポスト・フェミニズムSF特集に掲載)、たしかに傑作ではあるんだけど、どういう所に作品の思想的な側面があ…

ボブ・ショウ「去りにし日々の光」、ディヴィッド・I・マッスン「二代之間男」、イアン・ワトスン「「超低速時間移行機」、キース・ロバーツ「猿とプルーとサール」、ジョゼフィン・サクストン「障壁」、ジョージ・コリン「マーティン・ボーグの奇妙な生涯…

『カモガワGブックス〈未来の文学〉完結記念号』では、若島正が「未来の〈未来の文学〉」というタイトルで未訳の傑作を紹介しているのだけど、「それ読みたいやつ!」と思わず声をあげてしまったのがイギリスの女性作家、クリスティン・ブルック=ローズ。由…

「三田文学」2019年秋号、「世界SFの透視図」。この特集における沼野充義+立原透耶+新島進+識名章喜+巽孝之による同タイトルの座談会、いま読んでも拡がりがあってとても面白い。スタニスワフ・レムの各国語版の比較なんて、英米の研究者だけではなか…

知人が関わっている縁で、とある大学の学園祭にてフョードル・ソログープ作の演劇、「死の勝利」を観る。使用言語はロシア語だけど、舞台の脇に字幕スクリーンをつけてくれているのでロシア語の習得は不問。ソログープの小説作品とも共通するのは、超自然へ…

クリエイティブ・ライティングへようこそ!

僕がもっと知りたいと思っている事柄に、英語圏の大学のcreative writing(創作文芸科)やジャンル小説のワークショップがある。「文学の書き方なんて人に教えてもらうことはできない」という密教的スタンスは日本国内においていまだ優勢だと思うけど、テッド…

中国語圏の文学を読んでいて「あ、いいな」と思うのは、「金剛砂」なんていう表現に文章の中で出会う時だ。少なくとも欧米の小説の翻訳の中では、お目にかかったことがない。 この前、とある俳人の句集を日英対訳で読んでいて、「金剛寒といふべしや」という…

たぶんあまり知られていないのだけど、東京大学現代文芸論研究室論集「れにくさ」は無料でウェブですべて公開されている。沼野充義教授退官記念号に掲載されているエヴァ・パワシュ=ルトコフスカ「戦後日本におけるポーランド研究」は工藤幸雄、吉上昭三など…

伊藤典夫編『ファンタジーへの誘い』には、エムシュウィラーの「順応性」、ラファティ「みにくい海」、セントクレア「街角の女神」からビーグル「死神よ来たれ」、ディック「この卑しい地上に」まで忘れがたい作品ばかりが収められている。エムシュウィラー…

一般的に言って、ある国において「紹介が進んでいない国の文学」に脚光が当たるときは、「その国らしさ」が過剰に期待されてしまいがち。海外文化の受容については一定の役割を果たしてきた「ユリイカ」ですら、カルヴィーノの特集の副題には「不思議の国の…

村田沙耶香『コンビニ人間』、世界中で読まれているという話はよく聞くけども、東欧の人口が少なめの国でもつぎつぎと訳されている様子。語学学習に特化したとあるSNSをよくのぞくんだけど、「きょうはじめて日本文学を読んだ、Sayaka Murataという作家だ」…

Jock Sturges『Fanny』(Steidl)

ジョック・スタージスの現時点でのアメリカにおける最新作品集。表紙は白黒だが、多くのカラー写真を含む。Fannyという名のひとりのチャーミングな女性の、幼女からたくましく成長した大人に至るまでの永い時間を、フランスのMontalivetにて丹念に追っていく…

女には二本の手がある螺旋に巻いた靭帯で本質をしっかりと握るのが手の任務(つとめ)絹布で人を惑わすことではない女には二本の肢がある憧れを標的にして攀じ登るため一歩も退かずに ともに戦うための肢誰か人の力を恃むことではない女には眼がある新しい生命…

ジェフ・ライマン「オムニセクシュアル」(「SFマガジン」1991年11月号)

巽孝之が「セクシュアリティを脱構築するSF短篇としては三本の指に入る」という評価をしていて手に取ったのだが*、その期待をさらに上回る病気作だった。エレン・ダトロウ編のジェンダーSFアンソロジー、Alien Sexのために書き下ろされたものなのだが、書き…

常備菜シリーズ(맛있어요)。人生ではじめてポテトサラダを作ったとき、「そうか、できたてのポテトサラダって熱々なんだ!」と感動した覚えがある。ナムルも自分の家で作ると、できたては熱々。湯気のたった熱い状態でごま油を回しかけると、香りの立ちもと…

極私的名文案内

We are from Down Under, and we have come Up Over the Equator―that purely imaginary line around the terrestrial globe’s girth. All these Up Over folks in the Northern Hemisphere believe that they are on top of the world; but it is only a me…

山尾悠子のおそらくは英語圏での唯一の翻訳である「遠近法」を訳した方が、とある場所で「I really love Yuko Yamao’s works and have often thought I’d like to translate more of her(…)」と書いておられた。『飛ぶ孔雀』は中国語訳が進行中とも聞くけど…

小林恭二『電話男』(ハルキ文庫)

面白かった。こういうスパッと読める文庫文で過ごす休日というのは、特別な出来事がなくても特別な一日になりうる。 以下、二つのレベルから簡潔なメモ程度に。まず個人的な思い出から語ると、この小説に初めて出会わせてくれたのは清水良典ほか編のアンソロ…

人生でフムスを初めて目にした時、「これ、食べものなの?どうやって食べるの?」と疑問符が地上2メートルのところに咲いて出たのを覚えている。ピタにつけて食べたそれは予想外においしくて、後日、自分の家で作って食べてみたらもっとおいしかった。それが…

このひとといるとあたしはきっと神さまになる桜餡いりのパン焼いて もっていった 「つきあってくれるなら たべて」あたしを そう好きではなかったはずなのに笑って たべてくれた それから毎日あたしの焼いたパンを 二人はたべた膝と膝をつきあわせすきな本 …

翻訳家Polly BartonのFifty Soundsで面白いなと思った、ヴィトゲンシュタインの思想を紹介している箇所。ことばの「意味」を定めることの限界を人間のアイデンティティのアナロジーで考えるという。ひとりの人間に散文的に記述できるような「性格」が存在す…

多島海にて

セブの語学学校。語学学校といっても、曜日によっては午前中だけの授業の日もある。残る午後の時間は「自主学習」か「自由時間」となるわけだけど、その日はオリエンテーションでいっしょになった女の子と学校から徒歩1分のスーパーに行くことにした。 その…

読書日記

○月○日 なぜかふと思い立って、台湾の若者のInstagramを大量に見始める。どういうことを感じているのか知りたいな~、という好奇心。今日見ただけでも数人の子が女性作家・張愛玲の言葉を名言の引用のように風景写真の上に重ねていて、興味をおぼえる。よく…

多和田葉子の『アルファベットの傷口(文字移植)』という作品は、翻訳家が主人公でかつ言語遊戯というテーマを全面に押し出した、知的な企みにみちあふれたユニークな小説である。 原稿用紙に穿たれた「O(オー)」が果てのないトンネルのような深淵になってい…

エルンスト・ユンガー『大理石の断崖の上で』(岩波書店)

フランス文学の孤峰ジュリアン・グラックに少なくない影響を与え、マンディアルグも熱愛を公言するドイツ文学の一冊(※1)。天沢退二郎も本書にはかなりこだわっている形跡がみられる。読めば読むほど不吉な精霊に身体が囲繞されていく稀有な読書体験。 雲香庵…

安永知澄『ステップ・バイ・ステップ』(エンターブレイン、上下巻)

何らかのかたちで「階段が登場する」という一点だけを共通点にして紡がれてゆく連作短編集。 ためらいなく大傑作だと呼びたい、さけびたい。凡百のSF小説家を青褪めさせるような、真に圧倒的なイマジネーションの横溢。たしかな文明批評眼に裏打ちされた、異…