ジェフ・ライマン「オムニセクシュアル」(「SFマガジン」1991年11月号)

巽孝之が「セクシュアリティ脱構築するSF短篇としては三本の指に入る」という評価をしていて手に取ったのだが*、その期待をさらに上回る病気作だった。エレン・ダトロウ編のジェンダーSFアンソロジーAlien Sexのために書き下ろされたものなのだが、書き出しからして非凡かつ稀少だと思う。

 女のなかに鳥がいた。鳥を生みおとそうとしているのか? そのなかの一羽が子宮壁に翼を打ちあてる。男も翼のはばたきを感じた。相互依存の楽園では相手が感じるものを感じる。だが、女は現実ではない。この世界が生みおとしたのだ、記憶から。

 鳩が女からもがき出た。その白くて丸い顔、きょとんとした黒い瞳に男は口もとをほころばせる。体じゅうぬるぬるの鳩は、目をぱちくりさせると、最後の力をふり絞って、身を震わせながら生まれおちた。

もし誰かにストーリーを要約せよと言われたら、「男と女、人間と動物、過去と未来といった境界すべてがグチャドロになる様を描きつつ、そのまま世界そのものが何かに呑み込まれていく物語」と応えたい。

けして長くはない作品だから美味な箇所をそのまま引用するのは避けたい気持ちもあるのだが、引用をきっかけに興味を持ってくれる方の存在も信じ、もう数パッセージ紹介してみよう。

男は現実ではない女のもとを去り、荒涼としたツンドラを進んだ。体は狂気におちいっていた。新しい生命が滔々と流れでる。小さく濡れたナメクジに似たものが、口から吹きだしたり、ペニスの先っぽからこぼれ落ちる。男は下腹に袋を生やし、それらをあたためておくことにした。それらは蝙蝠の翼か蠍の毒針のように見える鉤で男の下腹に這いあがってくる。ハチドリのように周囲を飛びまわるものもいた。男の乳首はかたくなってふくらみ、どろりとして塩からい汗のような汁がにじみ出た。ブンブンうなる子供たちは乳首にかみつき、食物を絞りだした。そうでないものは男の胸毛やおたがいにぶらさがって、男をなめた。

わびしい枯れた灌木にキイチゴがなっていた。男はキイチゴと、キノコのように大地から飛びだしている肉質のこぶを食べた。口にしたとたんに、遺伝情報が自分に伝わり、自分の胸をとおして異様な子供たちに伝わるのがわかった。体は狂ういっぽうだった。

やがて秋が訪れ、子供たちは枯葉のようにまい落ちた。

さて、アンソロジストとは最上級のことば(「極北」など)をうかつに使ってはいけない職業だと思うのだけど、この作品をふくむSFマガジンの特集解説において、本作の訳者でもある中村融は「正のイメージのグロテスクの極致」「ここまで楽天的な幻想はほかに類を見ない」などと連呼している。ある種の嗜好を持っている方にとっては、探してでも読む価値がきっとある。

*『短篇小説の快楽』(角川文庫)。