「残雪研究」8号

残雪に関心がある人は、この号だけは持っていて損はしないと思う。理由は、「近藤直子著訳一覧」が掲載されているから(おそらくまだ在庫ありのはず)。

 まず、これは「近藤直子の目録」であって、包括的な残雪の移入書誌ではない(たとえばすぐに気づいたものとして、80年代に雑誌「シティロード」が残雪にインタビューをした記事を自分は持っているが、近藤氏の仕事ではないため、そういうものはここには載っていない)。ただ個人的にすごくびっくりしたのは、ここに掲載されたものだけでも残雪の短篇は単行本未収録のものがとてつもない量あるということ。具体的には「季刊 中国現代小説」のような雑誌にかなり訳載されている。自分がかじったのは今のところ氷山の一角にすぎないが、だからこそ近藤氏の残した仕事にこれから幾度も世話になりそうだ。

 最近買って「どうしても紹介したい!」と思った洋書のひとつがAnatomy of Wonder。1976年に初めて刊行されたSF研究書で、英米だけでなくデンマークスウェーデンルーマニアからイスラエルまで非英語圏のSFについて国ごとの概論と主要な作品の解説を多数掲載していることを特徴とする。

この本の「日本SF」の項がすこぶるよい。こんなに古い本でも、こうしてブログで紹介する価値があると信じさせられてしまうほどよい。SFマガジン1990年3月号の山岸真の連載「海外SF取扱説明書」がこの本を取り上げていて、以下のように述べている。

---

『驚異の解剖』の日本SFの項を書いているのは、長く日本に滞在し、SF関係者とも親交のあったデイヴィッド・ルイス。SF作家でもあり、〈オムニ〉に載った日本SFの英訳者でもある。まず総話では、石川喬司氏の評論をひいて、日本人の想像力を『古事記』にまで遡ってから、芥川、川端、三島といった文学者の作品に見られる幻想的な要素に言及する。つづいて明治時代からの日本SF史をたどり(横田順彌氏らの業績を踏まえている)、現代SFの発展の過程から、雑誌や現在の出版状況、ファンダムに触れている。翻訳SFの与えた影響とか、英米SFと比べて科学への関心が薄いことなど、批評的コメントを交えながら、かなり細部まで論じられているのが新鮮。簡単な作家紹介があったあと、日本のSFはもはや英米の模倣ではなく、英米の読者は日本SFが英訳されるようもっと関心を持つべきだ、と総括はしめくくられる。

 多分翻訳家の方などの助言もあったのだろうが、日本でも日本SF入門に使えそうなほど、手際よくポイントを押さえたもので、これがアチラでの日本SF認識のスタンダードになるなら、とりあえずいうことはないという感じ。(強調引用者)

 ---

90年の文章であるから今の山岸氏が本書を再読したらどう感じうるかは別なのだけど、少なくとも当時氏が「きわめて好意的に言及していた」と言ってしまってもよいのではないだろうか。

執筆者のデイヴィッド・ルイスは後にデーナ・ルイスと名を改めるが、山野浩一「鳥はいまどこを飛ぶか」や菅浩江の短編などを訳し、翻訳家としても日本SFの紹介に大きく貢献している。くわしくはご本人が参加した2018年のSFセミナーについてのウェブ上の各種レポートなどを参照のこと。

さて、ルイスの文章がインターネット上の英語による日本SFレビューの多くよりすぐれていると思える所は、各作品のプロットの要約や評価にとどまらず、日本SF史というより大きな流れの中での作品の立ち位置や日本SF史内側での作品の影響関係までをも少ない語数で外部に発信しているところ。

引用におさまる範囲でいくつか紹介したい。

まずは筒井康隆ベトナム観光会社』。

---

5-241. Tsutsui, Yasutaka. Betonamu Kanko Kosha (The Vietnam Sightseeing Company). Tokyo: Hayakawa Shobo, 1967.

A set of later short stories by Tsutsui including what is perhaps his best-known work. A company specializing in arranging honeymoon trips for newlyweds plans tours to the Moon and to the Vietnam War. Filled with puns, takeoffs on the names of other science fiction writers, and sharp satire against the institutions and values of modern Japanese society, this story helped define a subgenre that has become known as “dota-bata SF,” literally “slapstick SF,” and is practiced by many younger Japanese writers. Compare with Kanbe’s Kessen: Nihon Shirizu [5-213].

---

サブジャンルとしての“dota-bata SF”への言及のしかたが簡潔かつ正確に見えます。

続いて、山尾悠子『夢の棲む街』。

---

5-251. Yamao, Yuko. Yume no Sumu Machi (The Town Where Dreams Live). Tokyo: Hayakawa Shobo, 1978.

Born in 1956, Yamao is one of the most accomplished of Japan’s young SF writers and the best of the handful of Japanese women writing science fiction. Her themes and techniques come as much from the Japanese avant-garde as from the science fiction community, and her sometimes excessively intellectual prose, thick with symbols, also reflects this allegiance. This first collection of her work nonetheless contains several powerful stories that systematically assault conventional wisdom, using surrealistic techniques and occasionally grotesque characters. Compare with Ballard’s “The Sound Sweep” and Vermilion Sands[3-61].

「Her themes and techniques come as much from the Japanese avant-garde as from the science fiction community, and her sometimes excessively intellectual prose, thick with symbols, also reflects this allegiance.」。「the Japanese avant-garde」ってこれ、「前衛」というよりかは指そうとしてるのは澁澤龍彦文化圏であって、日本の「異端文学」みたいなニュアンスでこの訳語を当てたんでしょうね。

---

さらにこのルイス氏原稿が一歩進んでいるように思えるのは、当時手に入るレファレンス書籍もていねいに取り上げていること。以下、『世界のSF文学総解説』。

---

5-261. Ishikawa, Takashi, and Norio Itoh, eds. Sekai no SF Bungaku Sokaisetsu (A Comprehensive Guide to World SF Literature). Tokyo: Jiyu Kokuminsha, 1978.

Not as comprehensive as the title suggests, this remains an excellent reference work providing synopses and author information (up to two full pages for major works) on hundreds of novels, short story collections, and outstanding single stories from around the world. Particularly valuable to a Western reader are the nearly 100 entries on works by Japanese authors. Ishikawa is Japan’s leading SF critic; Itoh is close behind and is also one of Japan’s best translators.

---

Sekai no SFってローマ字表記で見ると、ちょっとフシギな感じで微笑を誘う。「Not as comprehensive as the title suggests」っていう指摘も言われてみれば確かにという気がしますね。伊藤典夫についても「one of Japan’s best translators」と評価。

他に単独で項目を設けて紹介されているレファレンス書籍としては、横田順彌『日本SFこてん古典』、福島正実『SFの世界』など。

ここに引用したのはほんの2つだが、第一世代の大御所作家だけでなく、河野典生鈴木いづみ『女と女の世の中』など、英語圏では言及されることが少ないかにみえる作家の著作についても単独で項を設けて紹介している。なお、自分が持っているのは1981年の第2版だが、山岸氏が持っている版は神林長平などより下の世代までカバーしている模様。

ここで話は21世紀に飛ぶ。日本SFを海外に普及させたいと考える時、「普及」と「翻訳」はイコールではないことにすぐ気づく。たとえば今日、「Tobi Hirotaka Ragged girl」でgoogle検索をしてみると、2件目に表示されたのは2007年の横浜ワールドコンに向け日本のSFセミナー・スタッフが英語で書いた紹介文だった。作家によっては英語版wikipediaに項目が立っているが、英文の質としても著作の網羅性としても、いろいろな意味でばらつきがある気がする。デーナのような影響関係や歴史までをおさえた質の高い、端正な文章をプロが書き、ポータルサイト的な空間で無料で公開していくといういとなみには意義があると思うのですけど、いかがでしょうか皆さま?

ブルース・スターリング『蝉の女王』(ハヤカワ文庫SF)

蠱惑的なアイデアが蠱惑的に詰まった蠱惑的な小さい本。interdisciplinaryなインスピレーション体(たい)がハチの巣のように充満していて、とすると「評価するための作品」というよりは、未来を発明し直す権利のある者たち――作家や科学者や建築家らが自己のイデアを精錬するための多面体としてこれを眺めてみたい。

短篇小説日和

・マイクル・ビショップ「デミル伯の城」(「SF宝石」1979年10月号)

ビショップを熱愛し大学の卒論にまで選んでしまった山岸真さんが、とある場所でビショップの短編ベスト3に含めていた作品。そこに「おそらく誰も同意しないであろう」「デミル伯の城」という文句があったのをおれは見逃さなかった。そんな風に言われたら、逆に読みたくなってしまうではありませんか。

格調高い文章を書くビショップにしては、これは小粋なユーモア路線というか、言ってしまえば余技だと思う。太陽の上らないこの世界はデミル伯に統べられており、人々は〈宝石城〉のあまたの窓に映し出される無数の映画を永遠に見続けなければいけないという苦役に従事している。食料はただ空腹をしのぐためだけのポップコーンとコーラのみで、スクリーンを適切に見つめているかどうかを監視する、馬に乗った〈黙らせ屋〉たちの巡回も止むことがない…。

本作のヘンな所は、異世界が舞台でありながら登場するおびただしい映画作品は、国産「オズの魔法使い」からフェリーニブニュエル、「七人の侍」まで僕たちが生きるこの現実界のそれであること。〈黙らせ屋〉の格好もカウボーイだし、ディティールを加味すればアメリカ社会についての批評として読めると思う。こういうごく軽めの小品でも強烈なツイストが効いてスタイリストぶりが発揮されてしまうあたり、著者のもっと別の作品にも手を出したくなる。

・デーモン・ナイト「輪舞」(「SFマガジン」1985年7月号)

派手さはないが読者を余韻で包み込み、読んで数年もたってから「思い出させてしまう」小説とはこういう小説なのではないか。ハンス・へニー・ヤーンの「鉛の夜」のような鈍色(にびいろ)の彷徨小説が好きな人、子どもの頃、夕闇の時間に林で迷った経験を持つ人へ。

2019~2020年の収穫

2019~2020年の新刊からではなく、この二年間に読んだ本・マンガからの個人的な収穫。

この種の記事をわざわざ上げるのは本当にひさしぶり。と言っても、学生時代の半分も読めるわけはないわけで、一年ではなくおよそ700日という長さを振り返ってみることにした。

今やもっとも愛着のあるジャンルが「海外詩」という身分からするなら、slow readingというおこないには進んでとっぷり身を浸したいし、日本語でも外国語でももっと辞書を引きながら読めばよかったという反省もある。

ここにあげなかったものとしては、本としては読むことができなかったけど、TEDその他で触れたスティーヴン・ピンカーの一連の主張を、アフターコロナにおいても十分適用できる可能性のある〈進歩的な〉未来学の破片として胸にしまい込んでおきたい。

 

永田耕衣『しゃがむとまがり』(コーベブックス)

山尾悠子『飛ぶ孔雀』(文藝春秋)

時里二郎『名井島』(思潮社)

川端康成『古都』(新潮文庫)

朱天心『古都』(国書刊行会)

蜂飼耳『空を引き寄せる石』(白水社)

原岡文子訳注『更級日記』(角川ソフィア文庫)

恩田侑布子『夢洗ひ』(角川書店)

高山羽根子首里の馬』(新潮社、2020)

イタロ・カルヴィーノ『Under the Jaguar Sun』(Harcourt)

エルンスト・ユンガー『大理石の断崖の上で』(岩波書店)

Pemi Aguda “Manifest”(「GRANTA」公式サイト、2019)

ジュディス・ライト『クルーラの黄昏』(審美社)

ヌーラ・ニー・ゴーノル『ファラオの娘』(思潮社

リチャード・マグワイア『HERE ヒア』(国書刊行会)

スワヴォーミル・ムロージェク『OBRAZACH』

三島芳治『児玉まりあ文学集成』(1)(リイド社、2019)

白山宣之『10月のプラネタリウム』(マガジンハウス)

伊藤重夫『チョコレートスフィンクス考』(跋折羅社)

スケラッコ盆の国』(リイド社

こがわみさきココログイン』(KADOKAWA、2020)

Jock Sturges『Fanny』(stadl)

Jo Spence『Putting myself in the Picture』

Remedios Varo『Remedios Varo: The Mexican Years』(Rm Verlag)

倉田精二FLASH UP』(白夜書房

Okama『Okamarble Completion』(KADOKAWA)

ヨシフ・ブロツキー+イーゴイ・オレイニコフ『ちいさなタグボートのバラード』(東京外国語出版会、2019)

赤松美和子・若松大祐編『台湾を知るための60章』(明石書店)

水野俊平『台湾の若者を知りたい』(岩波ジュニア新書)

川島小鳥『愛の台南』(講談社

川島小鳥『未来ちゃん』(ナナロク社)

綾女欣伸「私たちがまた穏やかにならないように」(「現代詩手帖」2019年5月号)

秋草俊一郎『「世界文学」はつくられる 1827-2020』(東京大学出版会、2020)より「第3章 全集から部分集合へ、さらなるエディションへと 2004-2018」

トーマス・シェリング「ミクロ動機とマクロ行動」(『ミクロ動機とマクロ行動』勁草書房)

スーザン・スチュワート「欲望のオブジェ」(今福龍太、沼野充義四方田犬彦編『世界文学のフロンティア ノスタルジア岩波書店)

川田順造「サバンナへの夢、そして三〇年ののち」(『文化人類学とわたし』青土社)

奥井潔『奥井の英文読解』(駿台文庫)

 

 

 

こがわみさき『ココログイン』(KADOKAWA)

新作が読めるだけで幸せ!なこがわみさきのひさびさの学園オムニバス。〈魅惑〉という感情を表現させたら右にも左にも出る者はいない天才マンガ家。という確信が本書を読んでさらにほどけなくなりました。宙空に舞う胸の高鳴りのクレシェンドは、もう少ししたら目に見えてしまいそうなほど。

ココログイン (電撃コミックスNEXT)

ココログイン (電撃コミックスNEXT)

 

 

The books I have had special affection for

ふと思い立って作ってみた、自分の好きな本(といってもごく一部だけど)の原タイトルリスト。「英語タイトル」ではなく「原タイトル」なので、いろいろな言語の文字が
混ざってきて眺めていると楽しい。

 

Italo Calvino          Se una notte d'inverno un viaggiatore

             

Italo Calvino          Le cosmicomiche

             

Italo Calvino          Le Citta Invisibili

             

Jorge Luis Borges    Ficciones

             

Jorge Luis Borges    El Hacedor

             

Jorge Luis Borges    Atlas

             

Stanislaw Lem         Doskonała próżnia

             

Kurt Vonnegut    Slaughterhouse Five

             

Ursula Kroeber Le Guin         The Left Hand of Darkness

             

Samuel Ray Delany Jr.            Driftglass

             

Cordwainer Smith   The Game of Rat and Dragon

             

Cordwainer Smith   Planet Named Shayol

             

James Tiptree, Jr.     Warm Worlds and Otherwise

             

Theodore Sturgeon  A Touch of Strange

             

Brian Wilson Aldiss Hothouse

             

James Graham Ballard           Vermillion Sands

             

James Graham Ballard           The Terminal Beach

             

Anna Kavan           Ice

             

Robert Silverberg    Nightwings

             

Raphael Aloysius Lafferty       Nine Hundred Grandmothers

             

John Varley            The Persistence of Vision

             

Michael Bishop       Spacemen and Gypsies

             

Ted Chiang             Story of Your Life

             

Peter Soyer Beagle   The Last Unicorn

             

Lord Dunsany        Time and the Gods

             

Lord Dunsany        Idle Days on the Yann

             

Alfred Edgar Coppard           The Post Office and the Serpent

             

Richard Brautigan   In Watermelon Sugar

             

Jules Supervielle      L'Enfant de la haute mer

             

Александр Степанович Грин    Алые паруса

             

Hans Henny Jahnn  Die Nacht aus Blei

             

James Branch Cabell The Music from Behind the Moon

             

Henri Bosco           Sylvius

             

Marcel Schwob       Le Livre de Monelle

             

Marcel Schwob       Le Roi au masque d'or

             

Julien Gracq           Au château d'Argol

             

Gabriel García Márquez         Cien años de soledad

             

Steven Millhauser    In the Penny Arcade

             

Steven Millhauser    The Barnum Museum

             

David Brooks         The Book of SEI

             

Antonio Tabucchi   I volatili del Beato Angelico

             

残雪       布谷鸟叫的那一瞬间

             

Mircea Eliade         Pe strada Mântuleasa…

             

Joyce Mansour        Les Gisants satisfaits

             

Oscar Wilde           Salomé

             

Albert Samain         Hyalis, le petit faune aux yeux bleus

             

Marguerite Yourcenar            Feux

             

Julio Cortázar       

             

Anaïs Nin Little Birds

             

Thomas Mann        Tonio Kröger/Der Tod in Venedig

             

Claude Simon         Orion aveugle

             

Alejo Carpentier y Valmont     Guerra del tiempo

             

Maurice Blanchot    La folie du jour

             

Samuel Beckett       Compagnie

             

Heiner Müller         Der Auftrag

             

Annie Dillard         Teaching a Stone to Talk

             

Annie Dillard          The Writing Life

             

Julien Gracq           Les Eaux étroites

             

Jean Genet             Œuvres complètes, tome 3

             

Octavio Paz           El mono gramático

             

عمر خیّام     رباعیات

             

Jacques Réda          Les Ruines de Paris

             

Fernando Pessoa     Poemas de Fernando Pessoa

             

Paul Celan              Die Gedichte

             

Wisława Szymborska             Koniec i początek

             

Winsor McCay        Little Nemo in Slumberland

             

Sarah L. Thomson, Rob Gonsalves        Imagine a Night

             

William Mitcheson Timlin       The Ship that Sailed to Mars

             

Chris van Allsburg   The Mysteries of Harris Burdick

             

Shaun Tan              The Arrival

 

 

 

---

あなたの裸は海原の島
鷗の群れ飛ぶ空の下
翼を広げた鷲さながらの
手足の なんと美しいこと

あなたの額は 湧きあふれる井戸
水底には血 水面には蜜
汗の噴き出す炎暑の中
あなたの身体は ひんやりした泉
火照りを癒す
飲み物

「島」部分(ヌーラ・ニー・ゴーノル『ファラオの娘』思潮社)

---

---

あなたが そっと触れるだけで
わたしは 花になる
身体のすべてに
化学変化が起こる
草の生い茂る牧場となって横たわり
日差しの中で 芳しい香を放つ
あなたの掌が撫でると わたしのハーブと
スパイスが みな溢れ出る

葉の一枚一枚が
さからいがたく開き
熱気の中で 息をつく
無数の野いちごと
芳しい紅赤はこべが
茎の先から下向きに朱に染まっていき
根本に生い茂る灯心草を刈るのは
苦もないこと

「あなたが 触れるだけで」部分(ヌーラ・ニー・ゴーノル『ファラオの娘』思潮社)

---

ヌーラ・ニー・ゴーノルは現代アイルランドの女性詩人。この詩集はエロティックな作品、セックスの歓びをそのまま謳い上げるような作品に傑作が多いように感じられた。女性によるポルノグラフィ(の質をたたえた詩)はそのまま男性中心主義の相対化に繋がるし、何よりこれは無類に美しい。

 

台湾の革製アクセサリー専門店で買ったポーチ。これ、ただのウサギじゃなくて、
月餅がモチーフになっているという。

関口涼子+パトリック・オノレ「『坂道のアポロン/Kids on the slope』マンガ共同翻訳のプロセス、可能性とその意義」(石毛弓、柏木隆雄、小林宣之編『日仏マンガの交流 ヒストリー・アダプテーション・クリエーション』思文閣出版、2015)

小玉ユキ坂道のアポロン』のフランス語への翻訳者で詩人としても知られる関口涼子と、その共訳者であるパトリック・オノレによる、マンガの共同翻訳についての論考。マンガの「共訳」を扱った文章というのは現時点では非常にめずらしく、日本のマンガの普及や翻訳に興味がある人にとっては探してでも読む価値があるかも。

面白く感じたことその1。2015年当時のデータとはいえ、フランスのマンガ産業にかかわる統計的な事実が載っている(参照しているデータは2010年のものも)。マンガ全体の売り上げは2008年から減少傾向にあるのにくらべて、新刊の刊行点数は2000年からずっと増加傾向にある(最近の日本の出版状況全体の流れと同じですね)。

面白く感じたことその2。マンガの擬音は(すでに多くの人が知る通り)外国語に移し変えるのが本当に難しいのだけど、フランスにおいてマンガ翻訳の黎明期にあっては「「オノマトペ辞典」のようなデータベースを作れば対応できる!」と考えた人もいたらしい。ただし、実際には個々のマンガ家でそれぞれの擬音のニュアンスがまったく違うこともあるのが明らかになってやめるようになったとか(たしかに、たとえば荒木飛呂彦ひとり思い浮かべれば納得できてしまう気がします)。

ちょうどこの記述に対応するようなかたちで、この本の巻末の座談会では、関口氏が平野耕太ドリフターズ』を訳した時のこんな発言をみることができる。

---

関口:いま『ドリフターズ』という少年マンガを訳しているのですけれど、あの作品ですごく特徴的なのは「ゴゴゴゴゴゴ」という作者ならではの表現です。「ゴゴゴゴ」自体はどこでもあるオノマトペだと思うんですが、それがありとあらゆる場面で多用されるんです。いろんな意味をもっているわけで、怒りであったりとか、緊張状態であったりとか、逆に「あっ」とずっこけるようなときにも使われたりする。(略)個人的なオノマトペが使われるというところも、日本の独自性でしょう。この作家さんだけが使うオノマトペというのをおもちになっている方って、けっこういらっしゃいますよね。(強調引用者)

---

面白く感じたことその3。『坂道のアポロン』の主人公は高校生達だが、フランスの高校にはそもそも卒業式なるものがないことが翻訳のネックになってくる。ただし、多くの「学園もの」の日本マンガに卒業式はすでに登場しているため、根本的なレベルの問題にはならなかったそう。とはいえ、「卒業式」という語のフランス語への決まった訳はまだ存在しない。

さらに注目したいのは、日本マンガにときおり現れる、「高校生が校舎の屋上に上る」というシーンについて。

---

通常、高校には屋上があるが、オノレは、自分が高校生だったときに誰かが屋上に上ったという話は一度も聞いたことがなかった。それに、バンド・デシネでもテレビのドキュメンタリーでも、学校の屋上に上るという話を耳にしたこともなかった。フランスでは、屋上に上るというのは、思いつきもしない発想なのだろう。もしも、どこか落ち着いた、誰の目にも見られない場所を探すなら、学校の外、街中に出ればいいわけで、それが、フランスで誰も学校の屋上に上らない理由だろう。しかし、それが今日のフランス人の読者にとって理解しがたい要素というわけではない。それは、彼らが屋上を使うようになったというわけではなく、現在の若者、多くのマンガを読んだフランス人にとっては、日本のマンガの中で、屋上が重要なシーンで使われていることを知っているからだ。

 ---

さらにこの論考のラストのページにはこんな箇所が。

---

翻訳作品は、その一つ一つが他の作品に加わって、相互に理解を助け合うものであり、同時にそれぞれが独立し、自立した存在でもある。例えば、『ナルト』にでてくる卒業シーンを読んだ読者は、『坂道のアポロン』の卒業シーンをよりよく理解するだろう。ある意味で『坂道のアポロン』の卒業シーンを翻訳するのを助けているとも言える。またはその反対かもしれない。それぞれの翻訳は、ある時期に起こった一つの出来事のようなものだ。

---

海外に作品を広めたいと思うとき、「これは日本固有の文化に依拠しているから翻訳は難しいのではないか」という視点はおそらくかならず入ってくる。けれど、ファンというものは作品に次から次へと身を浸す中で文脈をも湯水のように浴びていくわけで、小さい頃からインターネットを使う世代の拡大とリンクしつつ、注釈の重要性は薄くなっていくのかもしれない。

読んでいる本『台湾の若者を知りたい』(岩波ジュニア新書、2018年)。

文字通り台湾の教育事情や、10代~20代前半の人々の日常生活を綿密な取材により追いかけた好著。この中で女子高校生の黄さんという人への長めのインタビューが収録されているんですが、その中でこんな衝撃的な受け答えが。以下、「制服は好きですか。」という著者による質問への黄さんによる応答。

「制服はすごく好きです。(略)朝、何を着て行くか悩まなくてもいいから。10月31日は景美女中の『制服日(制服の日)』なんです。この日には卒業生も制服を着て大学に登校します。他の高校にもそういう習慣があります。制服の日のためのSNSコミュニティーもあります。海外に留学中の先輩も、通っている学校のキャンパスで制服を着て撮った写真をアップして、シェアします。ただし、これは大学1年生限定のイベントです」(強調引用者、また景美女中とは黄さんの通っている高校)

つまり、年に一度、台湾の大学生が高校時代の制服を着て登校をする日があると。正直、タイヘンにヘンタイちっくに感じられるのはワタクシだけでしょうか。「本当にこんなのあるんかーい!」と思って検索したら紹介している日本語のサイトもいくつもあるし、スカイプで台湾の知人に聞いてみても「ある」って言ってました。

ていうか、もっと単純にインスタグラムでハッシュタグ「制服日」でサーチするといくらでも写真が出てきます。面白い現象だと思うのでZIPあたりどこかのテレビ番組にぜひ取材してもらいたい。

台湾の若者を知りたい (岩波ジュニア新書)

台湾の若者を知りたい (岩波ジュニア新書)

  • 作者:水野 俊平
  • 発売日: 2018/05/23
  • メディア: 新書
 

 

「牯嶺街少年殺人事件」

上映時間約3時間50分、2018年にデジタルリマスター版DVD発売。著名な批評家による言及をまたずとも映画史に刻まれることを運命づけられた、比類なき傑作。柔らかい光を浴びた子ども達がバスケットボールに興じる、ただそれだけの画面が美しすぎて泣いてしまう。近現代史の巨大な渦の中に小石としての少年少女を配置してみるこころみでもあると思うので、たとえば「外省人」「国民党政府」「国共内戦」といった台湾史の知識は理解に不可欠だと思う。そのための参考書として赤松美和子・若松大祐編『台湾を知るための60章』(明石書店)、(台湾関連本としては発行から少し時間がたっているが)田村志津枝「台湾発見 映画が描く「未知」の島」(朝日文庫)を挙げておきたい。(2019)

新刊で出た時には買っていなかった佐々木敦『ソフトアンドハード』(太田出版)を読む。(守備範囲の広い人なので、どんな作品が取り上げられているか気になって)パラパラめくる程度のつもりで読み出したんだけど、三段組の時評のパートがかなり面白くて初めから終わりまで熟読してしまった。

岩波書店のシリーズ『世界文学のフロンティア』へのレビューには思わずふせんを貼ってしまう。

---

すごく楽しみにしていたシリーズが遂に刊行開始。ゴンブロヴィッチ、ジェイン・ボウルズが入った『愛のかたち』、カントルやパウンド収録の『ノスタルジア』とまず二冊。「世界文学」ってワールドミュージックと同様でイデオロギッシュに機能してしまう危険性があると思うのだが、それを逆手に取ったかのような、各テーマの設定とメンツのそろえ方に覗く編者達の戦略と愛情に打たれました。
(強調引用者)

---

「世界文学」ってワールドミュージックと同様でイデオロギッシュに機能してしまう危険性がある」という指摘は示唆深いなと思う次第。多ジャンルのレビューを手がける人ならではの発想だと思うし、たとえば都甲幸治や沼野充義池澤夏樹を読む時にこういう視点があってもいいと思う。普遍の顔をしているものの中に、気づきにくいバイアスが横たわっていることもありうるわけで。

米川良夫編訳『マリネッティをお少し』(非売品)


イタリア〈未来派〉の詩人・マリネッティの作品をその名の通り「少し」だけ編訳した一冊。〈未来派〉と言っても、たとえばタルホのようなキラキラ感を期待してはいけない。

コトバを円形に配置するとか、タイポグラフィ上の工夫があったりするけど、そのことそのものは今の時代には新奇さをもたらさないと思う。個人的には「視覚」よりもむしろ、列車が爆走してゆく時にレールが立てるかん高い軋んだ音とか、気球から放射されるバイブレーションとか、耳に飛び込んでくる要素に快さを感じた。20世紀のヨーロッパ前衛文学運動の上でも重要なひとりとされているわけだし、もっと読んでみたい。