
この短文では、台湾の俊英女性アーティスト、A ee miのフルカラー漫画作品を紹介する。目をみはるような異能の色彩センスと強固な批評意識が実装されたジェンダーSFの秀作である。
まず物語冒頭では、宏大な無辺の宇宙をバックに、作者による序文が白抜き文字であらわれる。2017年、台湾の司法院は現行の法律が同性同士の結婚を許可しないという事実を差別にあたると判断した。保守勢力は同性婚の法制化が施行されるに先んじてそれを阻止すべく国民投票に持ち込んだ。本作は、2018年に行われたそうした国民投票の直前に描かれた――。
台湾の司法院と作家の住む地域をわざわざ言明しているところからも、この序文そして作品が海外の読者を意識していることがすぐに了解される。物語全体が現状への強い批判として組み立てられているという事実がすでに示されているのだ。
ページをめくると、舞台はとつぜん神話空間へと移行する。ギリシャ神話においては人間は奇妙な球体のごとき似姿をとり、四本の手と脚を持つ。男、女、そして第三の性として両性具有(アンドロギュヌス)が存在するが、この両性具有の力の強さを目にしたゼウスは脅威を感じ、おのおのを男女へと切り分けてしまう。この時以来、半身に分けられた男女は互いを不断に欲し、焦がれるように探し求めあうようになる。ショッキングピンクとその補色である緑を用いてここで描かれるアンドロギュヌスは妖しく蠱惑的、鳥肌が立つほどにグロテスクで、一度でも見てしまえばこの像を忘れることはできないだろう。ここに本書の固有性があるのだと、まずはちいさな声でさけびたい。
さて、ここまでは、プラトンがその著書『饗宴』においてアリストファネスの口を通して語らせている、いわば一挿話である。
しかしさらにページを繰ると、舞台はふたたび星々のまたたく銀河へと戻る。今度は無数の惑星を登場人物に見立てたうえで説明的なモノローグが続いていくのだが、この語り手はなんと、ギリシャ神話における半身と、天体に作用する重力は相同であると言い切るのである。
いわく、たがいにはるか離れた星の肉体はつよく惹かれ合っている。同性恋愛の惑星も、異性恋愛の惑星もパートナーと混交し同一化するちからをそなえている。しかし宇宙には破壊をもたらす存在が周遊しており、この存在は同性恋愛の惑星だけを標的として攻撃、破壊を企てる。強大なこのちからは、法律、宗教、社会などさまざまな領域においても発現する(註:コマをみれば、この記述は社会差別のことを表しているとわかる)。
続いて物語は近未来へとさらに場面を転じる。この社会においては、すべての人間は産まれ落ちたときから手の甲のそばにしるしを持っている。男は緑、女は赤――。異性愛こそ普通、同性愛は「異常」とされ同性愛カップル間の結婚も禁じられている。ただしこの社会では、すべてのひとはそのしるしによって不思議なちからをも授けられている。鏡に映ったおのが肉体に刻まれているしるしを凝視(ルビ:みつ)め、つよく念じれば宇宙旅行ができるのである。
本作における主人公はここにきてようやく登場する。短髪に筋肉質の手足、ピンク、オレンジ、黄、青、緑のコスチュームと装身具を身にまとわせたこのキャラクターは、多元宇宙をあまねく探しても出会える可能性の限りなく低い片割れをもとめて旅に出る。
以後の展開は、比較的単線的でわかりやすいプロットをそなえた探求物語(行きて還りし物語)のかたちをとっている。それぞれの旅路には通し番号が振られていて、片割れを探す旅がバッドエンドに終わる度に同性愛の主人公は再度姿をまったく変えて新たなる旅へと立つ。宇宙旅行ではどこに飛ばされるかは予想できないことが作中で説明されるが、本書において主人公は完璧性の恋人を求め、不自由なままに次々と転身していくのだ(だから本書のタイトルとなっている「プラトン的恋愛」は、純化された精神的恋愛への志向という点で語義通りの意味で用いられている)。
14度目の旅では舞台は鬱蒼としたジャングル、主人公はキュートで愛くるしいピンク色の恐竜として世界をさまよう。この旅では片割れを発見するところまでは辿り着くのだが、ふたりが抱擁するはずのその瞬間、予想外のできごとによって悪夢的な結末をむかえてしまう。
さて、ここでこのシーンひいては本作と呼応する台湾の社会状況について解説してみたい。
台湾が、現在アジアのなかで同性婚を唯一法的に認めている地域であるということはニュースなどにより比較的よく知られていると思う。これを聞くと、台湾はリベラルで国民の誰もがセクシュアルマイノリティに寛容な、“進歩的な”国だという印象を持ってしまう向きも多いかもしれない。けれど、鈴木賢『台湾同性婚法の誕生 アジアLGBTQ+燈台への歴程』(日本評論社)および赤松美和子、若松大祐編『台湾を知るための72章 第2版』(明石書店)を繙いてみると、同性婚合法化へのけして平坦ではなかった道のりが視えてくる。同性婚をめぐる2018年の国民投票では同性婚推進派が大きな差をつけられて敗北している(たとえば、「民法婚姻を男女に限定」の項目では766万対291万で同意票が上回っていた)。この際、反対派は日本円で4億円を超えていたと推察される巨額の広告費を投じ、「同性愛はエイズ、およびそれがもたらす死の原因になる」という物語仕立てのCMをテレビでくり返し放送した(海外のキリスト教関係の団体から資金援助があった可能性も鈴木氏の本では示唆されている)。『台湾を知るための72章 第2版』における「性的少数派」の項によると、偏見にみちたこうしたネガティブキャンペーンにより自殺やリストカットに追い込まれた当事者の数は100人以上だったと言われる。A ee miの作品において「同志(台湾ではもともと「同性愛者」の隠語だったが、90年代以降「性的少数派」を表すように意味が広がった)」に悲劇が降りかかるのはこの現実世界とそのまま地続きのできごとであり、そこに境界線は存在しない。
以上、結末に触れないかたちで作品ならびにその理解に通じてゆくと思われるコンテクストを紹介してきた。15度目以降の旅については、それぞれの読者がその目で展開を見届けてもらえればと思う。自由を希求する切なる思いを銀河のなかに結晶させる光景、それに立ち会えるのはきっと幸福なことだ。
散文的なメッセージに還元されうるレイヤーをすべていったん留保しても、間近で視る地上3メートルの虹のように鮮烈なこの色彩感覚(visual logic)に恵まれた漫画はきわめて稀少であるようにみえる。そうと気づかないうちにこうした作品をくるしいほどに渇望している世界中の読者に、光輝とともに発見されてほしい。
※Paradice Systemはアメリカの出版社だが、本書は出版社のサイトから通販で買えるほか、国内ではブックギャラリーポポタムおよびそのネット通販で購入することができる。また、筆者は以上の英語版で読んだが、中国語版は台湾のwildflower bookstore(荒花書店)から刊行。後者は国内ではLONLINESS BOOKSの通販で買うことができる。
参考図書
鈴木賢『台湾同性婚法の誕生 アジアLGBTQ+燈台への歴程』(日本評論社、2022)
赤松美和子、若松大祐編『台湾を知るための72章 第2版』(明石書店、2022)
プラトン『饗宴』(新潮文庫、2006)
多田智満子「かのオルフェウスも言うように」『書物の王国 両性具有』(国書刊行会、1998)
(初出:海外マンガ情報誌『漫海』Vol.4、2024)