※記事の性格上、筆者が読んでいない本も(情けないハナシですが…)取り上げています

すぐれた選書とシックで上品な内装、すさまじい数のイベントで知られる台湾を代表する大型書店、誠品書店。この書店が毎月刊行している「書店誌」が「提案on the desk」だ。紙のものは各店舗で無料で頒布しているが、台湾に行かなくとも誠品書店のサイト、およびissueのサイト*1でバックナンバーを含め閲覧することができる。

赤松美和子、若松大祐編『台湾を知るための60章』(明石書店)によると、台湾の出版界では、(英語などではなく)日本語が翻訳点数第1位の言語となっている。*2あたかもこのデータを反映するかのように、「提案on the desk」では新刊旧刊両方ともに毎月驚くほど多くの日本の本(未訳含む)が紹介されている。そして、「精選は新鮮」とでも言い放つかのように、ベストセラー紹介だけに傾くことなく書店員のセンスと情熱が全面に押し出された誌面づくりになっている。

2023年4月の特集、「圖像世界不思議」。「探索!圖像幻想地」というセクションでは五十嵐大介『はなしっぱなし』、逆柱いみり『はたらくカッパ』、松本大洋メビウスなどの作品が、「発現!故事夢奇地」というセクションでは「無字的想像、圖與圖會講故事(こころみに英訳するとwordless imagination, a series of pictures can tell a storyという感じか?)」という小見出しとともにデヴィッド・ウィーズナーらの絵本が紹介されている。逆柱いみり繁体字だと「逆柱意味裂」というナンセンス度の昂まる表記になるのがすこぶる面白い。*3また、Editor’s Choiceのコーナーではまるまる1ページを用いてニール・スティーヴンスンのSF長編『スノウ・クラッシュ』が取り上げられている。

解像度を下げたうえで、一枚だけ引用をさせていただく。

さかのぼって2021年3月号で書影つきで紹介されている本を無造作にピックアップしてみると――伊丹十三『ヨーロッパ日記』、加藤周一『羊の歌』、吉野源三郎君たちはどう生きるか』(ジブリによる映画化前)、竹下文子の絵本、岡倉天心茶の本』、柳宗悦『茶と美』などなど。これらは未訳ではなく、すべて実際に訳された本である。恥ずかしいくらい日本語ネイティブの自分のほうが読んでいない!岩波新書講談社学術文庫のクラシックすら訳されているというのは、はたして欧米ではみられるような現象なのだろうか…?また、monthly recommendationの項ではまるまる1ページを用いて細野晴臣の3枚のアルバムが取り上げられている。

2018年12月に台北の店舗を実訪した際は、四方田犬彦ラブレーの子どもたち』がエッセイのセクションで面陳されていたり、小松左京やら竹中直人やらについての連日のトークショーのお知らせが告知されていたりした。内沼晋太郎+綾女欣伸『本の未来を探す旅 台北』(朝日出版)のインタビューによると、誠品書店では店舗全体で年間5000ものイベントが開かれているという。もちろん、そのうちのすべてがトークショーというわけではないし、さらにそのうちのどれだけが日本文化についてのものであるか筆者はデータを所持していない。それでも、やはり「熱気」という言葉をつい使ってみたくなる。

川本三郎は2010年代、ある場所で自分のエッセイ集が台湾で訳されることに戸惑い――自分の本を訳しても東京の地名など台湾の読者に理解してもらえるのか――すら表明していたが、それどころではない、日本の随筆や批評まで熱心に読まれているというのはため息をつくばかり。いや、これが仮に川本三郎ひとりであれば藤井省三が『村上春樹のなかの中国』でも示唆する通り、村上春樹人気との関連でたやすく理解しうるかもしれない。しかし、最大級のオンライン書店である博客來をちょっとのぞいて検索窓に四方田氏の名前を打つだけでも、『モロッコ流謫』『摩滅の賦』『ハイスクール1968』『李香蘭原節子』『ゴダールと女たち』『日本の書物への感謝』などなどの本がすでに繁体字で翻訳されていることがわかる。「伊藤整文学賞(引用者註:評論部門)」「講談社散文賞(講談社エッセイ賞)」の文句が表紙に躍る本もあるが、今のところ英語圏ではこうした文句をセールスポイントとして打ち出せるほどの市場は育っていないのではないだろうか。

この記事、気が向いたら続きます。

* 1 issue.com内のサイト(https://issuu.com/onthedesk)では2013年以降のバックナンバーをすべて無料で閲覧できる。
*2この話題を含む章はこの本の増補ないしアップデート版と考えられる赤松美和子、若松大祐編『台湾を知るための72章 第2版』(明石書店、2022)には収録されていないので、2014年のデータに基づいている。
*3 逆柱いみりは2009年にフランス語訳が刊行されているが、英語版は自分が調べた限りではいまのところ刊行されていない。