筒井康隆『あるいは酒でいっぱいの海』(集英社文庫)

面白かった。「面白かった!」ということ以外に、とくに言いたいことなんてない気もする。

初期ショートショート集ということなんだけれど、ほかのショートショート集……たとえば『笑うな』あたりとくらべてみると、叙情的な作品が多い気がした。まあ、『笑うな』は本当にバリエーション豊かだし、表題作の印象が強烈だったよね。

『メタモルフォセス群島』あたりの、ノリにノった超ドタバタ傑作群とは、やっぱり雰囲気やスタイルが異なると思う。その頃から逆にさかのぼって考えてみることで、初期作にしかない味わいが、いっそう懐かしく思えてくる。きびきびと抑制の効いた、シンプルで平明な文体。

それでさ、やっぱりこの頃の筒井康隆がやろうとしたのは、SFを読んでもらう、ということだったんだと感じる。SFが、それまでの伝統的な日本小説と違っていたところに、何よりもアイデアストーリーである、ということがあった。かっちりとした起伏とアッと驚くようなオチを用意して、読者をラストまでしっかりと導ける必要があった。そのために、誇張された比喩やヘンな観念性のない、すーっと意味がよく通っていく、こういう文体を創造したんじゃないかな。そのためだけに、筒井は本当によく勉強したんだと思う。この本を今日読みおえ、少ない語数でシチュエーションを定着させることについてはこのひと神技だなあ、ってあらためて思った。

地球上の海が、すべてお酒になっちゃったら、たしかに大変ですよね。万人に広くオススメの小説集です。