永田耕衣『しゃがむとまがり』(コーベブックス)

疑うべくもなく最高傑作。人類語で書かれていながら、半歩すでに人類語を踏みこえてしまっているようなところがある。

俳人である著者の光源になっている西脇順三郎の代表作『旅人かへらず』中、二篇の詩に現れている「しゃがむ」および「まがり」のモチーフを注視して西脇詩を論じる長編詩論。そうした体裁を一応取りながらも、アクロバットきわまりない論理のうねりと、かつて誰も目のあたりにしたことのない異人的言語感覚でもって話題はヒトにとっての「しゃがむ」という姿形、「淋しさ」、禅、能楽、永遠性、生命の神秘、詩を読むことの性的快楽などへと乱れ飛ぶ。自分の人生でただ一度だけ言わせてもらいたい、「もっとも遠くまで歩行していくための散文」。

全体の容貌としては、詩論というよりももっと、根源的な不可解さを噴出してやまない分類不能の言語統一体という印象を受ける。肉体論にもなっているという点では、舞踏家・土方巽のとある書物をちょっとだけ想起しないでもなかった。けれど、この『しゃがむとまがり』はもうスケールが断然ちがっていて、西脇詩へのラブレターでありかつは詩論であると同時に、一個の東洋哲学を独力で打ち立てる所にまでなり得ていると思う。永田耕衣は1900年生まれだが、本書が刊行されたのは1976年。こういう書物の中の書物を世に出す契機をつくりあげた名編集者、渡邉一考氏にも21世紀から心からの拍手を送りたい。

※「人類語」という語句はブルース・スターリングから借用している。