朱天心「古都」(国書刊行会)

初めに、川端康成の『古都』を小説の内部に大胆に取り込んでいるという紹介をどこかで見た。そのため、上巻が川端康成、下巻が朱天心によって書かれた『古都』という大きな一つの物語をイメージし、川端の読了後に手を休めずに読み始めた。

その選択は正しかったと思う。魂震わせる傑作であり、クロード・シモンカルペンティエールといった20世紀文学の精髄と比べても、技巧的に少しも劣るようには思えない。

台湾人の「あなた」は、かつては何者にも束縛されず、放課後に林を抜けてライトグレーの海に行き、夏の夜の天の川を指差して女友達と誓いを立てる奔放な少女だった。女友達のAとは月光を浴びながら同じベッドに入り、「同性愛って面白いのかしら」という質問にも答えずに、深い満足感とともに眠ることができた。

それから20年。政治的激動を背景とし社会の、自己の、自分のまわりの友人のすべてが嘘のように変わってしまった後で、「あなた」はAの残映を追い、娘の手を引いて京都を彷徨する。

……と、このように前半のストーリーをかいつまんでみることもできるのだが、物語はけっしてリニアに、あるいは時間線に沿って進むことはない。時空間の自在な飛び越えを前提に、読者はひとつのパラグラフ、ひとつのセンテンスで数十年、数百年の歴史の旅をつづけざまに経験することになる。国内外の古典や現代文学から美麗島(フォルモサ)を初めて発見した時のオランダ人の記録、声、文献までが地の文に流入し、詩的なのに濁りのある独自の小説空間が浮上する。

読者の目の前にあでやかな百種の〈南国〉の花をくり出しながらもそれを時間差で次々に雑草に変えてしまうというスタイルに、戸惑う人もいるかもしれない。けれどこれは複雑なものを複雑なままに提示しようとする作家の誠実さの表れなのであって、個としてのアイデンティティと国家としてのアイデンティティが震動したまま重ね合わせられるこの構成は、20世紀文学の大きなテーマである時間と意識の問題を描破するところまで突き抜けてしまっている気がする。

これから手に取る読者のために、ネタバレは控えたい。しかし、地の文が継ぎ目なく川端の『古都』に接続され、その登場人物である千重子や苗子までが召喚される作品であることを加味するなら、割れたガラスのように作品に散りばめられた〈双子〉のイメージをより深く理解するためにも『古都』(新潮文庫)を先に読んでおくことをおすすめする。台湾の近現代史に自信がないなら、先に訳者あとがきに目を通してみてもいいかもしれない。もうひとつ最後につけ加えると、この読書の途上で知らない草花に出会うたびに私はGoogle画像検索をし、台湾という土地にさらなる親しみを覚えた。

 

古都 (新しい台湾の文学)
朱 天心
国書刊行会
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