津野裕子が『ガロ』初代編集長、長井勝一氏追悼特集に寄せた原稿の名は「私に勇気をくれる星」だったという。そこに何が描かれていたかは確認していないが、フレーズだけを取り出せば、まさに僕にとっても一時期の津野裕子は「勇気をくれる星」だった。長大さを志向するファンタジーとはちがう、短さのなかで白昼夢を紡ぐ稀代の幻視者として、五十嵐大介やほかの何人かの漫画家とならんで、どれだけ心強い存在だっただろう。

その津野裕子の新刊が出ると聞いたときは驚いた。もう二度と会うことはないだろうと思っていた、いや名前も忘れていた子供のころの友人に街でばったり出くわした気分とでも言えばいいのか。ただ心配と戸惑いもあった。僕のなかで最新作に近づくほど彼女の評価は少しずつ落ちていったからだ。

発売日当日、書店の漫画コーナーには嘘のように「それ」が平積みになっていた。

『一角散』(青林工藝舎、2008)において清雅な画風、詩的な言語センス、気持ちのいい余白の使いかた、不思議な物語、それらすべてが合わさって作り上げられているあの作風は健在だ。8年ぶりの単行本といってもほとんどの作品が『鱗粉薬』に前後して描かれたものだからそれは当然かもしれない。迷いが感じられないというか、奇妙にポジティブな態度が貫かれているように思えたが、ふっ切れたのはいつごろだったのか。

もともと3冊しかない彼女の単行本に、ここに4冊目が加わったわけだが、やっぱり初期の2冊、『デリシャス』と『雨宮雪氷』がいとおしい。今から彼女を読むなら、あるいは本作を読んで興味を持ったなら、ぜひそちらも探してみていただきたいと思う。作品数の絶対的に少ない作家の、そのまたさらに初期短編と限定を重ねることになるが、本物の物語があそこにはあったのだと今でも信じている。