2023-01-01から1年間の記事一覧

ケイト・ウィルヘルム『杜松の時』(サンリオSF文庫)

サイト「翻訳作品集成」のウィルヘルムの項には一言、「『杜松の時』の衝撃感は忘れられない」。筆者にとっても、これからの人生で幾度となく反芻してゆくだろう唯一無二の作品だった。その文明批評眼のありようにおいて、絶頂期のバラードや伊藤計劃『ハー…

高妍『緑の歌』にも『黄色い本』とおぼしき本が出てきますが、韓国でも高野文子のマンガは쪽프레스という出版社から何冊か出ています。出版社のサイトをみていたら、大竹昭子が高野文子にインタビューした記録をまとめた薄い本まで訳されているようです。こ…

大江健三郎『同時代ゲーム』(新潮文庫)

留学中、日本語の本も扱うシドニーの紀伊国屋で買った唯一の文芸書。作家の〈抵抗のための悪文〉*を味わい尽くすため、10年かけて全ページを音読して読んだ。たいていは眠る前に読んだから、村=国家=小宇宙の住人の壊す人やアポ爺やペリ爺や木から降りん人…

樹木の顔は多くの場合上向きであり、処女林上を飛んだことのある人々が言うように、その美しさは俯瞰する者に向けられている。そして我々の風土の中で最も上を向いているのは松林である。松林の下を歩むとき我々の目が捉えるものは、老朽化して神経を絶たれ…

エルンスト・ユンガーとミルチャ・エリアーデが共同編集した雑誌「Antaios」について紹介しているページ(→Link(ドイツ語))。糸瀬龍さんにご教授いただいた情報によると、文芸作品と呼べるものは基本的にはなく(あっても散文はわずか)、哲学、宗教学、博物学…

I was born.

たしか、語学学校に入学してまだ間もない頃のこと。授業で使う教科書(ESLの教材)はどのページにもディスカッションのための質問ばかりで、スピーキングそのものを日本ではかいもく勉強してこなかった僕には「はあはあぜえぜえ」の毎日だった。その日のクラス…

The Best Short Stories 2022: The O. Henry Prize Winners(Anchor)より、Pemi Aguda“Breastmilk”。作者Pemi Agudaはナイジェリアの女性作家で、アフリカSFの年間傑作選に作品が採られながら国際文芸誌GRANTAにも登場、2022年にはいわゆる第一席は逃したもの…

世界文学とか海外文学というとなにやら難しそうなイメージをもつひともいるかもしれないけど、ムロージェク(ポーランド)の短編とか、サーデグ・ヘダーヤト(イラン)の「幕屋の人形」とか、もう呆然とするくらいの可笑しい話だったりする。「幕屋の人形」なん…

伊藤重夫『チョコレートスフィンクス考』(跋折羅社)

2010年代に36年ぶりに新刊が出た伊藤重夫の一冊目の単行本。『踊るミシン』が86年に発行されたおよそ230ページの長編であるのに対し、こちらは70年代に描かれた作品を多く含む300ページ超えの重量級中短編集である。またすべての作品は、『踊るミシン』より…

ジェネギャの快楽 その1

「ユリイカ: 特集 現代語の世界」。あまりに面白くて、雑誌の隅から隅までを一気に読みつくしてしまった。どの論考もパッションに溢れているけど、下に取り上げないもののうちでほか特に気になったのは、綾門優季「現代口語演劇と、あまり関係のない現代口語…

一九九六年に、アメリカで日本文学を研究しているスティーブン・ミラー准教授はPartings at Dawn: An Anthology of Japanese Gay Literature(『有明の別れ――日本ゲイ文学集』)という分厚い本を出して、第一歩を踏み出した。平安期から現在まで、フィクション…

ワート・ラウィー「詩とは反逆だ」現代タイ文学翻訳家、福冨渉の2022年のnote記事より。1971年生まれのタイ作家の散文詩とのことだが、くるおしいまでの自由への希求を結晶化させた秀作。以下、冒頭近くの数連のみ引用。 詩とは数学だと言うひとがいる 数学…

プチ気づいたこと。去年刊行され話題を呼んだ台湾出身のマンガ家、高妍『緑の歌』上巻p220-233に出てくる台北のお店は外観や内装、加えて著者のインタビュー(→Link)から判断するとこれはもうMangaSickですね。 高校から同人誌を読んだり描いたりしていました…

なんとなく湧いてきた、奇想短篇小説のフェイバリット。あくまで今日の気分なので、一日経つと涼しい顔をしてすべて入れ替わったりします。ロバート・クーヴァー「ラッキー・ピエール」アウグスト・モンテロッソ「ミスター・テイラー」ヴォルテール「ミクロ…

スワヴォミール・ムロージェク「漫画」(未訳)

ムロージェクは以前読んだ『鰐の涙』(未知谷)という作品集が印象に残っている。本の結構そのものは短編小説集なんだけど、ときおり挿入される著者自筆の漫画がいい味を出していて、クスクス笑いっぱなしの読書体験にさらにひと振りのチャーミングなスパイス…

・BBC非英語映画ベスト100(柳下毅一郎ブログ「映画評論家緊張日記」)2018年にBBC Cultureが非英語映画ベスト100という大規模なランキングを行った際、1位は『七人の侍』だったが、柳下氏を含む日本の評者は誰ひとり投票しなかったということがなぜか印象に残…

阿部大樹、タダジュン『翻訳目録』

生まれて初めてパウル・クレーの天使画を見たときのような驚き。翻訳への興味からこの本を手に取る人が多いと思うけど、社会言語学への最良の入門書であるようにも見え、ことばの不思議さの探索へといざなう絵本として、中学生や高校生のような層にも読まれ…

The Future is Female

The winner of the Akutagawa prize for the first half of 2022, which is one of the most prestigious literary awards, has been announced recently. This award is given to new authors and therefore I hope that people abroad will not think this…

小説〈不完全〉方位

〈彼方〉へ向かっていく小説の傑作……ジュリアン・グラック「街道」/〈彼方〉から何かが到来する感覚の傑作……J・G・バラード「時間の庭」/〈落下していく〉感覚の傑作……ミルハウザー「アリスは、落ちながら」、ブッツァーティ「落ちる娘」/〈垂直方向に射出さ…

存在しない本 『書物の王国 天使』

「幻想文学」60号に掲載された、須永朝彦と山尾悠子の対談「天使と両性具有」。タイトル通り、天使や両性具有やさまざまなモチーフ、そしてもちろんそれにまつわる書物の話題に花が咲いているのだけれど、個人的に気になった箇所がある。 山尾 両性具有につ…

金井美恵子『軽いめまい』(講談社文庫)

www.ndbooks.com Polly Barton訳がイギリスではFitzcarraldo Editionsから、アメリカではNew Directionsから刊行なるということで(→Link:カバー装画が素敵!)、ネタバレありの感想をちょっとしたメモ程度に。※以下、ネタバレを含みます自分は4章「鳥の声」が…

Wow, this is clearly evidence of Japanese diversity in absorbing foreign food. A leading spice company in the name of SB, which has taken a great role in introducing semi-Indian style curry and rice to Japan some decades ago, has recently …

「誰かが私に言ったのだ」

『夜想』の山尾悠子特集で、沼野充義がたいへんに面白い指摘をしている。山尾悠子の 「誰かが私に言ったのだ 世界は言葉でできていると」 という二行の分かち書きのフレーズは作家の創作姿勢を明快に打ち出すものとして解されてきたが、『増補 夢の遠近法』…

2021年冬に柴田元幸氏ら編集の英語版「MONKEY」2号で作品が英訳された尾崎翠。中国の気鋭の幻想文学研究者、劉佳寧さんへのインタビュー(→LINK)をみていたら現在、山尾悠子だけでなく尾崎翠をも翻訳中とあってうれしくなった。「MONKEY」1号では由尾瞳氏が英…

山尾悠子が「幻想文学」60号のアンケート、「幻想ベストブック1993-2000」で挙げている本の一冊は中野美代子(中国文学研究者)の『眠る石』。円城塔もある書店の選書フェアで別の本を「圧倒的」と述べていたし、「小説家とはあまり認識されていないけれど、wr…

大好きな本(ただし2011年までの基準で)

・東日本大震災、留学への準備、身内の不幸などによって不可避的に文脈が変わらざるを得なかった2011年までに読んだ「大好きな本」。・ほぼすべてが2011年までに読んだ本だが、「2011年までに着手して、読み了えたのは2012年以後」の本も数冊だけ含まれる(『…